「ラインハルト!」 不意に呼び止められて、ラインハルトは肩越しに背後を見やった。 ぱたぱたと、足音だけは可愛らしいものの、とても貴族令嬢には見えない足取りでが駆け寄ってくる。 「どうした、。」と、彼が問いかけるより早く、がぽすんとラインハルトに抱きついて言った。 「ねぇ、ラインハルトはもう、ミューゼルさんからローエングラムさんになったのよね?」 「そういえば、爵位を受けてからに会うのは初めてだな。」 途絶していたとはいえ、帝国の中枢に近いローエングラム家を、下町のご近所さんの如くさん付けで呼ぶに、ラインハルトは苦笑を持って応える。 「じゃあ、もう身分がどうこうとか気にしないでラインハルトに会えるのよね?」 人目も憚らずにラインハルトに抱きついたまま、は眼をきらきらさせて問いかけてくる。 そういえば、再会はしたものの、と頻繁に会えるようになったかというと、実はそうでもなかった。 何しろラインハルトは若く出世はしたものの、一介の軍人に過ぎなかったし、反対には反逆の家とはいえ、深窓の令嬢である。 身分の違いを考慮するなら、大っぴらに会いに行くことは憚られたし、そうなるとパーティー会場で顔を合わせるくらいしかないのだが、いかんせんラインハルトはそういった場所が嫌いだった。加えて言うのなら、は祖父の喪に服しても居る。 それらの理由から、再会は果たしたものの、まともに話すには弔問という形を取らざるを得なかったのだが、このたびラインハルトがローエングラム伯となるのであれば、貴族同士の交流等いう名目で、互いに周囲の眼を気にすることなくたずねることが出来る。 とはいっても、今まで周囲の眼を気にしていたのかというと、今更だろうという程度には二人の噂は広まっていたのだが、知らぬは本人ばかりである。 はラインハルトから離れると、珍しくヒールを履いた足の踵まで流れるドレスの裾をつまんで、いかにも貴族の令嬢らしく一礼した。 「初めまして、ラインハルト様。私はクロプシュトック侯と申します。以後、お見知りおきを。」 今更回りの眼を気にしたわけでもあるまいに、は澄まして挨拶をする。 とラインハルトが知己であることは、クロプシュトック事件に巻き込まれたものなら周知の事実でもあるが、コレを機には誰にも文句を言われることなくラインハルトと会える関係を、周囲に認識させたいらしい。 ラインハルトもせいぜい成り上がりの貴族を装い、紳士に適った態度でに応じた。 「ローエングラム伯ラインハルトだ。こちらこそ、今後とも懇意にしていただけると嬉しい。どうぞよろしく、フロイライン・クロプシュトック。」 果たして、美青年美少女の満面の笑みを遠巻きに、二人が嫉妬と羨望の視線という凶器にさらされたことは言うまでもない。 |
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