Replica * Fantasy







未だ終わらぬ弔い





何度お前の名前を呼べば、私は自分を許せるのだろう。


エリアーデ
エリアーデ…
エリアーデ……



「貴方ヲ、愛シテイタカッタノニナ…」
彼女の最後の言葉。
私は答えてやれなかった。
「私は、お前を愛しているのに…」と。





「それなら、私が愛した『エリアーデ』は、一体『誰』であったであるかな。」


ぽつりと呟かれた言葉に、アレンとラビは返す言葉を失った。
クロウリー城においてのアクマ退治を終え、先行しているリナリーとブックマンを追いかける道すがら、二人は新たにエクソシストとなったクロウリーに千年伯爵とアクマに関する必要最低限の情報を与えているところだった。
悲劇と、絆と、少しの弱さから作られる破壊兵器、アクマ。
悲劇によって引き裂かれた者達の元に千年伯爵が現れ、絆の深い者が死んだ者の魂を呼び戻して、アクマの骨組みに定着させる。
しかし骨組みはあくまで骨であり、そのままでは長くは持たない。
そのため、呼ばれた魂は骨組みと同化したまま、自身を呼び戻した者の体を奪うのだ。
命ごと、体を奪い、その皮を被る。
もう二度と、離れない為にそうするのか、それともただひたすらに残酷な行為が、より強いアクマを生み出すためか、『何故』そうなのかは未だに分からない。
列車のコンパートメントの一つを占領してアレンは窓側に座り、向かい側でその視線を受ける形になったクロウリーは、不意にぽつりと呟いた。
 現在ラビは列車の見回りに行っている。
大切な者を壊したという共通の過去を持つ二人に、気を使っていた。


「それなら、私が愛した『エリアーデ』は、一体『誰』であったであるかな」


視線を感じて顔を上げれば、気付かない振りをしていたコトを直視させられたアレンの視線にぶつかった。


「アクマが、悲劇と絆を元に作られるなら、エリアーデにはもう愛する人がいたのではないあるか?」


それは、答えを求めている問いかけではなかった。
アレンが沈黙を守るなか、クロウリーは自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「私は、呼び戻された魂と、呼び戻した肉体と、どちらを愛したであるかな?」


酷く疲れたような声が、ガタガタと揺れるコンパートメントに響いた。
 無理も無い、その手で愛するものを壊し、彼女の悲劇に満ちた存在としての正体を聞かされたのだから、笑えというほうが無理な話しだ。


「やってみたいことがあったから、貴方を利用しただけよ。」
「貴方を、愛したかったのにな……」


彼女は笑って言っていた。
自分はそれを聞いていながら、壊してしまった。
 無言で両手に視線を落せば、まだ彼女の温もりを感じられるような気がした。
しかしそれも、ただの幻想だ。
突きつけられた現実から逃げ出すことは許されないことだと、それだけはよく分かる。


「貴方は、『エリアーデ』を愛したのでしょう?」


不意に呻くような、かすれた声が小さく耳に届いた。


「そして、愛する人を千年伯爵の呪縛から救った。それじゃいけないんですか?」


自分自身でさえ、納得できないような言葉だ。
もしこの言葉を、誰か他の人から自分に言われたとしたら、アレンは食って掛かるように反論しただろう。
 そんな言葉に、他人を慰める力があるとは思えなかった。
だけど、何かを言わなくてはいけない衝動に駆られたのだ。
顔を上げたクロウリーと視線がぶつかり、あまり考えないで、喘ぐように言葉を紡ぐ。


「えっと、そうじゃなくて…もっと直接的なことを言えば、救ったなんて綺麗言で、僕達はただ…愛する人を…壊しただけ…なんですけど……」


 次第に小さくなっていく声に、クロウリーは少しだけ笑った。


「アレンは、優しいであるな。」


 自信の不甲斐無さと、過去の痛みに表情を歪めたまま顔を上げれば、クロウリーも同じように哀しく笑って続ける。


「私は大丈夫であるよ。」


ただ、哀しかっただけだから。
アクマの話を聞いて、そう思ってしまっただけだから。


「考えても、今はもう無意味なことであるな。私はエリアーデを愛した。だけど彼女はアクマだった。だから他のエクソシストが彼女を破壊する前に、私が壊した。それが総てである。」


 それだけと割り切るまでに、どれほどの葛藤があったのだろう。
アレンは膝の上で両手を組み、俯いて呟いた。


「貴方は、エリアーデを忘れられる日が来ると思いますか?」


 俯いたまま呟いたアレンの言葉に、クロウリーは無言で項垂れた白い頭に視線を向けた。
それに気づいてか気づかないでか、アレンはそのまま続ける。


「僕は、まだ、マナを思ってる。まだ、マナにしたことを悔やんでる。死者は蘇らないのだから、そろそろマナの呪縛を振り払えという人もいるけど、僕はマナを忘れることなんて出来ないんです。」


 自分と戦っていたときには微塵も見せなかった弱さが、小さな体からにじみ出ているように見えた。
クロウリーは無言のままその姿を見やる。
 この少年は薄幸な人生の中でただ一人、己を愛してくれた義父をアクマにし、その腕に持ったイノセンスで己の意思に反してそのアクマを壊したのだと、ラビから聞いた。
 自分より遥かに幼い頃にだ。
それからずっと、苦しみながら生きてきたのだろうか。
アクマを破壊するたびに、それを思い出しながら、破壊の聖職者として勤めてきたのだろうか。
 痛ましく思うと同時に、クロウリーは言葉より先に行動していた。
立ち上がり、アレンの目の前に立って、ぱすりとその白い頭を撫でる。


「私は、エリアーデを忘れることなど出来ないである。」


 瞼を閉じれば、脳裏には彼女が焼きついている。
今でも彼女を愛している。
きっと、この先自分が他の誰かを愛する日が来るとしても、彼女を忘れることは無いだろう。


「アレン、忘れる必要など、ないである。私はそれだけ強く人を思う気持ちは大事だと思う。それは呪縛ではないであるよ。愛しい者の弔いは、何時までたっても終わらないものである。」


 アレンの中では今も義父に対する想いが残っている。
それを本人は自分の弱さだと思っている節があるようだが、クロウリーはそうは思わなかった。


「僕が弱いだけかも知れません。だからマナは死んでしまっても、僕が気がかりで呪いを強めてしまったのかも……。」


俯いて、頭にクロウリーの手を載せたままでアレンはくすりと笑う。
だけど、ゆるりと持ち上げられた顔を覗けば、子供は一筋涙をこぼしていた。


「だけど、忘れてしまうのは寂しいんです。哀しくて、苦しくて、ただ、寂しいんです。それだけなんですよ……」





「お前を、愛しているぞ、アレン」
貴方は最後まで、自分のことより僕のことを考えてくれたんですね。
だから、僕のイノセンスは貴方の願いを叶えたのでしょうか?
「壊シテクレ……」と。



マナ
マナ…
マナ……

何度貴方の名前を呼んでも、僕は自分を許せない。






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2005/08/30 



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