Replica * Fantasy







永遠を告げる言葉





 音も立てずに部屋に忍び込めば、彼はいつもの白衣姿のままで布団もかけずにベッドに転がっていた。
いかにも疲れていて本能のままにベッドにダイブしたさまが、容易に想像できるその光景に、リナリーはくすりと苦笑を漏らして扉を閉める。
 一歩踏み出すごとに、カツリとダークブーツが鳴くが、リーバーが起きる気配は無い。
 本や書類が乱雑に散った部屋を真っ直ぐに突っ切って、リーバーが沈み込んでいるベッドの淵に腰を下ろした。
前後不覚に眠り込んでいるリーバーの短い髪に手を伸ばし指に絡ませれば、くすぐったいのか恋人は少しだけ身じろいた。
 しかし、うつ伏せになって今は睡魔の虜になっている恋人は、すぐに規則正しい寝息を漏らし、依然として目覚める反応は無い。
 せっかく任務と、その報告を終えて、自分に構いたがる兄を宥めて会いにきたというのに、あんまりと言えばあんまりだ。
 だが、普段は年長者らしく振舞っているリーバーの無防備な横顔に、今はまだ必要ではないはずの母性本能が少しだけ首を擡げたのも、事実だ。
リナリーは漏らすような苦笑をみせた後で、自分の顔を彼の耳元に近づけた。


「リーバー班長。」


 耳元で囁いて、彼が僅かに瞼を持ち上げたところに、狙い済まして一つキスを落す。


「リナリー?」


 まだ半分ほど夢の中に意識を絡ませたままで、リーバーは自分の枕元に腰掛けた少女を見上げた。
はっきりしていない視界の真ん中で、彼女は花のような笑みを浮かべている。


「ただいま。」
「おかえり。」


つられて笑いながら上体を起す。


「起してくれりゃ良かったのに。」


 瞼を擦りながら少しだけ罰の悪そうな笑みを浮かべてリナリーの隣に座れば、彼女は立ち上がってリーバーの真正面に回る。


「うん。起すつもりで来たんだけど、疲れてるみたいだったから。」


 でも結局起しちゃったね。
続けて言いながら、リナリーはリーバーの手を取る。
確かめるように強く握れば、リナリーよりも遥かに大きな温もりが、しっかりと握り返してきた。
 その存在を確かめるように、互いのその手の温度を確かめて、心地よい沈黙を先に破ったのはリーバーの方だった。


「リナリー」
「何?」
「無事で良かった。」


 いつもは自分を見下ろしている顔が、今日は自分を見上げて言う。


「今回はそんなに難しい任務じゃなかったからね。」


 とは、言わなかった。
 幼い頃から教団で暮らしているリナリーは、自分達に下っている任務が一体どんな性質のものなのか思い知っていたし、難しくないと言われていた任務で命を落とした者が少なくないことも、全く想定外の要素で死ぬ可能性が常に付きまとっていることも、十分すぎるほど理解していたからだ。
 言葉で答える代わりに、リナリーは緩く微笑んでリーバーの肩に腕を絡ませる。
視線だけで短い会話を交わせば、リーバーも薄く笑ってリナリーの細い腰を抱き寄せた。


「もっと一緒に居られたらいいのに。」


リナリーがぽつりと呟く。


「任務じゃ無いときは、大抵一緒だと思うけどな。」


 リーバーが苦笑を浮かべて言えば、リナリーは少しふくれて返す。


「そうじゃなくて。もっとこうしていたいってこと。」


 見かけより大胆なこの少女は、言いながらリーバーの体に体重をかけていく。
危うく押し倒されそうな体制をどうにか堪えて二人分の体を支えれば、リナリーはあっさりと諦めてそのままリーバーの足の上に乗っかった。


「リナリー、あんまり積極的だと室長が嘆くぜ?」


 茶化すようにいえば、彼女は苦い笑みを浮かべる。


「あら、一緒に嘆かれてはくれないの?」


 大人びているように見えるが、そこはやはり16歳の少女だ。
リナリーはリーバーに甘えるようにして凭れ掛かる。


「だって、いつ死ぬか分からないのに?」


 口調は大して深刻ぶっていないし、実感も伴っていなかった。
しかし、それは歴然とした事実であることを、二人はよく理解している。


「だからせがむのか?」


自分の胸に凭れ掛かったリナリーの長い髪をもてあそびながら、リーバーが呟く。
リナリーは笑って答えた。


「違うって、即答はしないよ。でも、リーバー班長が好きだから。」


 リナリーの言動は常に変化する。
もう成熟した女性のような物言いもすれば、ただ単純で率直な子供のような言葉も飛び出す。
 リーバーは苦笑してから、リナリーの長い髪に指を絡ませて引き寄せた。
触れるだけのキスをして、微笑みあう。


「私のこと好き?」
「好きだよ。」
「愛してる?」
「愛してるよ。」
「でも、してくれないね。」
「大事なんだよ。」


 言葉遊びのように繰り返して、リーバーはその額にもう一度唇を押し付けた。
リナリーは擽ったそうに瞼を閉じた。


「良く、分からないな。」


 彼は自分を「好き」だと言う。
「愛してる」という。
自分も彼が好きで、愛していて、だから一つになりたいと思う。
でも彼は、してくれない。


「私、魅力無い?」


 いかにも思春期の少女が考えそうな言葉に、リーバーはうっかり噴出した。


「酷いわ。私、真剣なのに。」


 頬を膨らませたリナリーがリーバーの顔を抓れば、彼は笑みをそのままにリナリーの手を包み込むように握った。


「いや、十分魅力的だよ。」


 まだ顔は笑っていたから、説得力には欠けていたかも知れない。
でも単純に見て、リナリーは十分可愛らしいし、魅力的であることは、何もリーバーだけが思っているわけではないだろう。
 少し度を過ぎてはいるが、コムイ室長が溺愛する理由もなんとなく分かるような気がする。
 不満そうなリナリーに、リーバーは苦笑して見せる。


「何がそんなに不満なんだよ?俺はお前とこうしているだけで幸せなんだぜ?」


 壊れ物を扱うようにリナリーに触れ、優しくこめかみにキスを落とした。
少女は微笑んで、彼の唇に触れる。
 背伸びをしたがるくせに、リナリーはまだ触れるだけのキスしかしてこない。
短く触れてから、再び顔が見える位置に離れていくまでのごく一瞬のうちに、リーバーは苦笑を浮かべた。
 どこか背伸びをして、強引に自分に追いついてこようとするその姿が、どうにも愛しさを膨らませるようで。


「不満って訳じゃないわ。」


 リーバーの首に、戦うには細すぎる腕を絡ませて、リナリーはため息のようにそう漏らす。


「俺はそんなに頼りないか?」
「そういうことじゃなくてね。」


 彼が更に苦笑してそう問い掛ければ、リナリーも意地悪く少しだけ苦い笑みを浮かべた。


 いつまでも子供扱いしないで。
私はもう大人なのよ。


「せめてあと5年早く生まれていたらよかったのに。」
「やめてくれよ。それじゃあリナリーがリナリーじゃなくなるだろうに。」


愚痴を言うように漏らせば、リーバーは真面目な顔で嫌がる。
 虚を突かれた言葉にリナリーが目を見開けば、リーバーはやはり苦笑を浮かべたまま続ける。


「だいたいな、俺だって必死なんだよ。10歳も年下の彼女を持つと、捨てられないかどうか事有る毎にひやひやしなきゃなんねぇんだから。」


 よりにもよってここのエクソシストときたら、神田やらアレンやら綺麗どころが揃っていやがるしよ。
そもそも顔に拘らなくても、若いってのはそれだけで強みだからな……。
アイツらがライバルになんて名乗りを上げたら、太刀打ちできねえじゃないか。
まったく、自分がこんな純情少年だったなんて、意外な事実だぜ。


 自分を膝に抱えたままぶつぶつとごねているリーバーに、リナリーは堪えきれずに笑い声を立てた。


「あはっ…やだ、リーバー班長ってば、おかし……っ!」
「そう笑うけどな、お前の心配事だって似たようなもんだろ?」


 堪えようとするものの、どうしても止められないリナリーに、リーバーは意地悪く言う。
笑いすぎて涙が零れ落ちそうな顔をこちらに向かせて、顔が良く見えるように零れ落ちた前髪を払いのけてやる。  


「言っておくけどな、俺たちの焦りなんて、付き合い続けている限り一生消えたりしねぇんだからな。」


 神田やアレンより先に、コムイ室長なんて超難関も控えてるしよ、全く前途多難だぜ。


 冗談めかしているものの半ば本気でげんなりしている恋人に、リナリーはそっとその愚痴を塞いだ。


「大丈夫、二人で戦えば、きっと上手くいくよ。






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2005/11/11 



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