「そんなにティムキャンピーが好きさ?」 あきれた声はあきれた表情から飛び出した。 「え、どうしてですか?」 白い呼吸を吐き出しながら、アレンは意味が理解できていないといった様子でのほほんと答える。 「俺が知ってる限り、ほかのエクソシストたちはそんなに楽しそうにゴーレムと戯れたりしてないさ。」 ラビは悪戯っ子の笑みを浮かべてアレンの手の中のゴーレムを弾く。 ころんとバランスを崩したティムキャンピーは、なにやら気分を害したらしく、ラビの頭上まで飛んでいくと、がじがじと赤い髪を齧りだした。 「分かった分かった。俺が悪かったさ、ティム。」 慌ててゴーレムを引っぺがすラビを見ながら、アレンはちょっと首をかしげて考える。 ラビに言われた言葉を噛んで含むようにゆるりと考えると、ごく自然に1つの答えが導き出された。 「それはきっと、ティムがティムだからですね。」 答えるアレンはなにやら楽しそうだ。 ラビが問いかけた意味での答えにはなっていないが、アレンは自分にはそれ以外の答えを持っていないかのように、一人で納得している。 ラビの頭の上にいたティムキャンピーも、それに賛同の意を示すかのように、アレンのもとへと戻ってきた。 再び自分の手の中に戻ってきたゴーレムに、子供は嬉しそうに微笑む。 「あぁ。何かそんな感じ。」 その表情があまりに幸せそうだったので、ラビも思わず苦笑を浮かべながら納得してしまった。 「僕はきっと、だからティムキャンピーが大好きなんです。」 言いながらティムキャンピーの羽根をつまんで、団服のフードの中に突っ込もうとしたが、ゴーレムはするりとアレンの手をすり抜けると、ぱたぱたと軽やかな音を立てて飛んでいってしまった。 アレンはそれをほんの少しだけうらやましそうな視線で見送る。 雪がちらつく灰色の空に、ティムキャンピーの色は鮮やかだ。 空気の冷たさに一瞬肩をすくめてから、アレンはラビの前を数歩進んでから振り返った。 白い雪の中に、あまり体重を感じさせない足跡が残る。 「アレンは…」 「ラビは…」 同時に次を切り出して、だけど同時に譲ってしまって、二人は今度は同時に苦笑を浮かべた。 何だか照れくさそうな笑みで、アレンはラビに先を促す。 「どうぞ。」 「どうも。」 気取って応じてから、ラビは言葉の先を紡いだ。 「アレンは、俺のことはどうおもってるさ?」 とたん、丸く見開かれる大きな瞳。 「僕も今、同じことを聞こうとしていました。」 くすぐったそうに笑う表情は、小さな子供が親に見せるものと同じだ。 なのに、「そうですね…」と呟いてから考え込む顔は、どこか大人びて覚めた感情を秘めているように見える。 このギャップが好きなんだと、ラビは思った。 「仲間ですか?」 アレンは無邪気に笑う。 「何で疑問系?」 苦笑してさらに問えば、アレンは真顔で答える。 「前にリナリーに怒られたときに、『仲間だからよ』って言われたから、同じエクソシストのラビも『仲間』かなぁって……」 その笑顔には、何も含むところが無い。 だからこそ、タチが悪い。 ラビは口を尖らせて、スネたように言ってやった。 「それだけ?」 案の定、アレンは困ったように首をかしげる。 「じゃあ、友達?」 「他には?」 「えっと…、親友?」 「だからどうして疑問系なのさ?」 意地悪く言えば、子供は困ったままの笑みで黙してしまう。 いちいち疑問系で答える理由の一つには、ことに人間関係にあまり恵まれなかったために、それを表す言葉をろくに知らないからだろう。 もう一つはもっと簡単だ。 拒否されるのが、怖いから。 自分がそう思っているのに、口にして相手に伝えたときに、それを拒否されてしまう可能性を、常に最初の考えてしまう、無意識ではあったが、それがアレンの癖であることを、ラビは当に見抜いていた。 そんな人間不信気味な思考回路も、子供の経験を知っていればこそ、無理もないと思えるが…。 「じゃあ、アレン。『友達』と『親友』は、アレンの中でどれくらい違うさ?」 問いかけられて、アレンはきょとんとラビを見返した。 いまいち問いの内容を理解していないような、そんな表情。 もともとアレンが知っている単語の数や意味だってそんなに多くは無い。 それは彼の思考回路と同様に、悠長に文字や言葉を学んでいられる状況でなかったアレンには仕方の無いことなのだが。 一生懸命考えてみたが答えることが出来なくて、何だか自分の無知を思い知らされたようで、アレンはポツリと答えた。 「分かりません。」 向かい合った相手は相変わらず喰えない悪戯っ子の笑みを浮かべていて。 「ラビはなんて答えて欲しいんですか?」 思わずそう問いかけてみれば、ラビは楽しそうにさらに笑う。 「そんなの、俺が言っちゃったら意味が無いさ、アレン。」 答えを言っても満足せず、自分が答えられない質問ばかりを重ね、それでも彼は考えろという。 アレンは自分が理不尽にからかわれているような気がして、思わずむくれ顔で言い返した。 「それじゃあ、貴方はいったい僕のことをどう思っているんですか?」 同じことを言い返してやろうと思って、相手に譲った言葉を問いかけてみる。 ラビは顔色も表情も、考える素振りさえ見せずに即答した。 「そんなの、好きに決まってるさ。」 その言葉に、言い返すどころか、アレンは絶句してしまった。 酷く理解しがたい言葉を聴いたような気がする。 これは、そんなに簡単に信じてしまっていい言葉か。 二人の間の数歩の距離をゆるりと詰めながら、ラビは笑ったまま続ける。 「好きで足りなければ、大好きでもいいさ。」 「……っ!」 返す言葉を見つけられないまま、アレンはその場に立ち尽くしてしまった。 その表情は、言葉の意味を理解してしまうのを拒否しているようにも見える。 脅えるような眼で見つめてくるアレンの頬に触れると、びくりと一瞬だけはねた。 「もしもアレンは死んだら、呼び戻してアクマにしちゃう程度には好きさ。」 「――それって、僕のこと好きってことですか?」 困ったように、少しだけ頬を紅らめて聞き返す。 その言葉に、ラビはわずかに眉をひそめた。 哀しいと思うし、愛しいと思う。 一番簡単な好意の言葉すら、アレンはこういう言い方をしなくては伝わらないのか。 笑みの消えたラビに向かって、アレンはようやく理解した相手の言葉に、静かな笑みを浮かべた。 「僕も、そう言えばよかったんですね。」 頬に触れられているラビの手に、紅い手が添えられる。 頭一つ分小さな、雪に紛れて消えてしまいそうな子供に、言う。 「だから、アレン。俺より先に死んだらアクマにしちゃうからさ。」 だから、俺より先に死なないでよ、と。 『好き』と『死なないで』。 アレンにとってはどちらも重過ぎる言葉だ。 白い子供は一瞬言葉に詰まった後、本気とも冗談とも付かないラビの言葉を、本気とも冗談ともつかない言葉で返した。 「貴方のナカは、暖かいでしょうね。」 アレンは無邪気に微笑む。 その顔が、あまりに幸せそうに見えたから、だからラビは何も言わずにその紅い手をとって、柔らかな熱を口付けた。 その熱を、酸素が尽きるまで貪って、ようやく解放されたときにはアレンはすっかりのぼせ上がっていた。 「ラビは、狡い。」 肩で呼吸をしながら、上気した頬を隠すように俯く。 まだ間に合うと思ったのに、もう捕らわれてしまった。 もう嫌いになんてなれないし、死に捕らわれることも許されなくなってしまった。 しかし、それを知ってか知らずか、ラビは言う。 「どっちが。」 頭一つ分高い位置で、ラビは意地悪く笑っている。 「俺より先に死なないでってお願いしてるのに、アレンはまだそれに答えてないさ。」 俯いた顎に手をかけて、アレンの顔を自分のほうに向ける。 「約束するさ。」 半ば強要するように囁きかけられた低い声は、どこか甘美な響きを連れていた。 痛くなるほどの角度をつけられた首をそのままに、アレンは穏やかに目を伏せる。 「約束しますよ。」 同じくらい甘美な響きを込めて、囁き返す。 そして、アレンは目を伏せたまま、ラビの表情を見ないようにして続けた。 「だから貴方も僕より先には死なないで下さい。」 ようやく離れた相手の手を、紅く染め上げられた左手で取って、アレンはその手を自分の左目に触れさせた。 「貴方が僕より先に死んでしまったら、僕は貴方の魂を呼び戻して、この体に閉じ込めてしまいますからね。」 にっこりと微笑みながら言った僕も、それも悪くないと思った俺も、同じレベルで歪んでいると思った。 |
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