すれ違う子供の群れを、リナリーはぼんやりと足を止めて見送った。 頬を真っ赤にした男の子が3人、慌ただしく走り去った後を、小さな女の子が人形を抱えて追いかけて行く。 自分は同じくらいの歳の時に教団に連れて行かれたから、良くは分からないけれど、霧のように霞む記憶を辿ると、あの歳頃の男の子というものは、女の子をことさら仲間外れにしていたような気がする。 だからあの男の子も、故意に女の子を置いて走ってきたのかと思えば、彼らはちゃんと女の子の呼びかけに応じて、立ち止まって追いつくのを待っている。 なんともなしにそのまま彼らを見やっていると、彼らよりもわずかに歳が下に見える女の子が、追いつく直前に体勢を崩し、人形を放り出すようにして転んだ。 とたん、それまで待っているだけだった少年たちのうち、2人の少年が弾かれたように少女に駆け寄って助け起こそうとした。 この距離では、聞こえるのは少女の泣き声くらいだが、少女を泣き止ませようとする少年達の表情は、必死に何かを言っている。 そこへのんびりと近寄ったのは、少女が転んで少年たちが即座に駆け寄ったときに、呆れたようにため息をついた最後の1人の彼だった。 悠長な足取りで近づくと、放り出された人形を拾い、申し訳程度に付いた砂を払うと、少年が2人がかりで慰めている少女の目の前に無言で突きつける。 人形を突き出したその少年が、不機嫌そうにも見える表情で何を言ったのかは分からなかったが、不思議なことに、すぐさま駆け寄った二人の少年が何を言っても泣き止まなかった少女が、ぱたりと涙を止めてにっこりと微笑んだのだ。 安堵する二人の少年の間から、無愛想な少年が少女に手を差し出す。 今度は小さな少女に歩調を合わせて、4人の子供はのんびりと通りを歩み始めた。 その背中を見送ってから、リナリーはふっと表情を緩んだような笑みをこぼした。 「どうしたんですか?」 その姿から視線を離して前を向けば、先を歩いていたはずのアレンが不思議そうにこちらを見ている。 「なんでもないわ。ちょっと、幸せな気分になったの。」 ふわりと微笑んで、心なしか軽くなった足取りで、アレンの脇を通り抜ける。 アレンは苦笑を見せると、するりと通り抜けたリナリーに並んで再び足を動かした。 更に三メートルほど先で止まっていたラビも、両手を組んで頭に乗せた上体のまま、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。 「リナリーは時々不思議なことをいうさ。」 「失礼ね。ラビほどじゃないわ。」 軽口に軽口で返して、リナリーは歩調を緩めることなくラビをもすり抜ける。 視界の先には呆れたようにこちらを見てくる神田の姿があった。 不機嫌であることを隠そうともせず、無言のまま全身で「もたもたするな」と訴えかけてくることに気付かない振りして、リナリーは軽快な足取りで横に並ぶ。 「ねぇ、私が転んだら、助けてくれる?」 不意に問いかけられて、神田は非常に嫌そうな表情で横を歩くリナリーを見やった。 それに、更に気付かないふりをして、リナリーは歩みをそのままに後ろを振り返る。 「アレン君。転ばないようにね?」 「子供じゃありませんし、転びませんよ。」 「そう?でも、転んだら助けてあげるからね。」 くすくすと笑うリナリーに、脈絡も無く子供扱いをされたアレンは、一瞬ラビと顔をあわせてから苦笑を浮かべる。 「リナリー、俺は助けてくれないさ?」 「ラビは自分で立てるでしょ?」 「それって差別さ…」 大げさに天を仰ぐラビに、笑みだけを向けて、リナリーは足を止めることも無く前に振り戻る。 「お前も一人で立てるだろうが。」 「そうね。でも、立つために支えが欲しくなるときは無い?」 「無いな。」 即答で答えた神田に、リナリーは思わず苦笑を浮かべた。 たとえ助けが必要でも、この仲間は決してそれを口にはしないことは、誰の目にも明らかだった。 だからこそ、助けが必要だと判断したときには真っ先に手を出してやろうと、考えていることは、極秘扱いだ。 「さっきね、女の子が転んでたの。」 歩みをそのままに、リナリーは静かな声で続ける。 「大泣きしていたの。でも、ちゃんと手を差し伸べてくれる友達がいたのよ。」 そういう、人を思う気持ちって、大切だと思わない? 視線だけで問いかけて、リナリーはもう一度後ろを振り返る。 少し遅れて歩んでいたアレンとラビの向こうに視線をめぐらせても、もう子供たちの姿は見えない。 リナリーは少しさびしそうに足を止めて、もう姿が見えなくなった通りに想いを馳せた。 急に足を止めたリナリーにならって、先行していた神田も、後に着いていたアレンとラビも、足を止められる形になる。 「世界って、綺麗ね。みんな綺麗なモノで出来ているのね。」 酷く寂しそうに語られるその言葉は、自分がまるで綺麗ではない世界から、綺麗な世界を見つめているような、そんな遠い視線をしている。 死者を呼び戻してアクマにしてしまうことでさえ、根底にあるのは相手を想う綺麗な気持ちなのだということを考えると、千年伯爵に対する怒りとともに、自分たちのしていることが酷く残酷な行為に思えてくる。 だが、だからといって、千年伯爵を黙認することなど、もっと出来ない。 あるいは、イノセンスも、アクマも、何も知らなければ、綺麗な世界の中にいられたのかもしれない… 「リナリー?」 今にも泣き出しそうな視線で、綺麗な世界を見つめるリナリーに、アレンが心配そうな声をかける。 ふっと、微笑んで、彼女は一言だけ呟いた。 「世界って、本当に綺麗な事で成されているのね。」 |
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