Replica * Fantasy







閑 話 編 05




S c h n e e w i t t c h e n
― 白 雪 姫 ―





「ロイエンタール!ロイエンタールはいるか?!」
「――ここに。」


 意地悪な継母兼新銀河帝国の最高責任者であるラインハルトの声に、今回見事に貧乏くじを引かされたロイエンタール提督は、なんだかとても投げやりな気分で返事をしながらラインハルトママの前に跪きました。
 パロディ話と聞いたところで自分の役どころさえ確認することも無く脚本を放り出していたロイエンタール提督ですが、だからと言って陛下じきじきのキャスティングを放り出すわけにもいきません。
 今後の自分に割り振られた役と今現在絶賛脚本無視で城に滞在している隣国の魔王王子の存在を知っていれば、最早溜息以外の何も出てこないのは仕方の無いことですが、どうやらを逃がすことに必死なラインハルトママはそんなことには気付いてくれません。


「緊急事態だ、ロイエンタール。お前も知っているだろうが、キルヒアイスが脚本を無視してを渡せと城に押しかけている。」
「存じております。」
「このままではが拉致監禁され連れ去られるのも時間の問題だ。そうなってしまってからでは北の某国に連れ去れてしまうよりも性質が悪い。」
「―――………」


 なにやら力説しているラインハルトの言葉に、ロイエンタールは少なからず思うところはありましたが、とりあえず沈黙を守ることにしました。
 熱心に諭してくるラインハルトの隙をついて背後を思わず確認してしまったのは、北の某国の工作員よりも性質が悪い隣国の王子のに対する執着心を思えば攻められることではありません。


「そこでだ、ロイエンタール。」
「はい。」
「狩人役の卿に命ずる。今すぐを連れて森へ逃亡しろ。」
「――御意(ヤー)我が(マイン・)皇帝(カイザー)。」


 もし自分に拒否権が与えられるとしたら、このパロディ劇の話が出た時点ですぐさま発動しただろうな、と。
狩人・ロイエンタールは思いましたが、思っただけで命令には模範的な返事を返しました。
 どうせ付き合わされる茶番であるなら、とっとと済ませてしまうのが賢い方法というものです。
 幸い、自分の役目はそれほど長い役でもなく、キルヒアイス王子に見つからないように細心の注意を払いながら、森の奥に住む小人たちに姫を引き渡すまでの護衛兼連れ出し係りなので、上手い具合に城さえ出てしまえば、案外あっさりとお役ごめんになるかもしれません。
 左右で違う色の眼をした狩人さんは今更ながらに確認したくも無い事実を確認すると、ごく短く返事を返して立ち上がりました。


「では、早々にを連れて森へ向かいます。」
「うむ。くれぐれもキルヒアイスに見つからないようにな。」
「はい。」


 とてもやる気の無い狩人さんは、いっそ見事なまでにやる気の無さを押し隠してぱぱっと礼をすると、さっさと歩を進めます。
しかし、ロイエンタールの足を、ラインハルトママはただの一言で止めてしまいました。


「ロイエンタール、姉上が、『いっそを他の誰かと駆け落ちでもさせてみたら?』というんだが、そうすれば、隣国の王子は諦めてくれるだろうか?」
「――ご冗談を。」


 これ以上はごめんだ、と。
そんな感情をとても綺麗な笑みの中に全部押し込めた狩人さんは肩越しの声を即答で返すと、早々にがいるはずの中庭に向かったのでした。
 「いっそ卿がと駆け落ちしてみないか?」と、更なる爆弾を投げ込まれる前に。
 そんな損な役回りなどごめんです。
というか、皇帝陛下でも女王陛下でも余り代わりませんが、そんな勝算の無い戦いを始めるなど、愚の骨頂です。
なので、何処まで本気か良く分らないラインハルトママのお言葉をあえて冗談として聞き流すと、狩人さんはさっさと自分の任務を遂行すべく、ラインハルトママの前から退出しました。
ちなみに、そんなストーカーと継母の静かなるバトルやその他諸々の問題などまったく知らずにパロディを楽しんでいる白雪姫ことは、狩人とは名ばかりの子守役に任じられてしまったロイエンタール元帥閣下に声をかけられると、大はしゃぎで遠乗りに出かけてきました。
 ちょうどお花の時期らしく、野っ原は色とりどりで大層心が和む光景なのですが、がきゃいきゃい言ってもロイエンタール閣下は馬を止めてくれません。


「ロイエンタール元帥。そろそろ降ろしてくださらないと、逃げられませんよ。」
「心配するな。此処でお前を放り出すなどすれば、俺の死活問題になる。小人役の奴らがいるところまでこのまま走るぞ。」
「まあ、ありがとうございます。でも、どうせならもう少し道中を楽しみながら行きませんか?」


 もう大分シナリオを無視しているようですし、と。
は続けてみましたが、どうやらロイエンタール元帥もシナリオぶっちぎり派の一人のようです。


「黙って乗っていないと舌を噛むぞ」というありがたい一言を頂いてしまったため、は始めての乗馬横座り編を落馬という間抜けな展開で幕を閉じないようにロイエンタール元帥にしがみつきました。


「ロイエンタール元帥。」
「何だ?」
「馬って結構速いんですね。今度地上車(ランドカー)を廃止して登城するときには馬って決まりを出したら、二酸化炭素削減に貢献できそうな気がしませんか?」
「――二酸化炭素と共に登城者削減になるから無駄だな。マイ・ホースを持っている奴なんてまず居ないだろう。そもそもこの馬も演劇指導を受けたレンタル馬だ。」
「――ロイエンタール元帥。そこまで夢を壊さなくても良いと思います。」


はぷくっと頬を膨らませましたが、ロイエンタール元帥こと狩人さんはそんなにもまったく動じません。
 下らない話をしている間にも、ロイエンタール元帥とが乗った馬はぐんぐん森の奥へと進んでいきます。
 大層な馬捌きにが感心していると、それほど経たないうちに森の奥には不釣合いなお家が現れました。
 先んじてロイエンタールが馬から降り、に両手を伸ばすと、は素直に身を預けながらも突如として現れた家に「ほわーー」っと間抜けな声を上げています。


「ロイエンタール元帥。これはもしかして小人さんの家ですか?」
「もしかしなくともそうだ。お前はとりあえず今日から此処に保護されることになっている。」


 もちろん、狩人さん役のロイエンタール元帥は継母兼魔女兼新銀河帝国皇帝の命を受けて宰相兼隣国の王子兼魔王の手から守るように言い渡されているので、保護という表現はこれ以上無いほど的確な表現なのですが、は僅かに覚えた違和感に縦ではなく横にかくっと首を傾げました。
 しかし、口をついて出てきた言葉は、そんな些細なものより大きな違和感についてで。


「ロイエンタール元帥。」
「何だ?」
「此処は小人さんのお家ですよね?」
「そうだ。」
「随分大きなお家ですね。」


 そうです。
目の前に現れたのは、も知っている白雪姫に出てくる小人たちの家を忠実に再現したお家でした。
 唯一、忠実ではなかった点に、は今にもそっくり返りそうなくらいお家の全体像を見上げています。
 そのまま倒れても問題ないように、実にさりげなくの背に手を伸ばしながら、狩人さんは言いました。


「小人役が小人に見えるようにしたら、このサイズにせざるを得なくなったんだろう。」
「なるほど。私はてっきりまたシナリオをぶっちぎりで無視して七人のトロールさんとかになっちゃったのかと思いました!」


 狩人さんの説明に、は手をぽむっと叩いて、屈託の無い笑みをロイエンタール元帥に向けてきます。
まあ、比較対象がの場合、トロールの方がしっくりくるだろうな、と。
思いながらも、シナリオぶっちぎりでなければ未成年誘拐及び殺害死体損壊未遂の罪を被らなければならない運命にあった狩人さんは、些細なことには目を瞑ることにしようと心に決めました。


「ところで、小人さん役はどなたなんですか?」
「聞いていないのか?」
「ラインハルトもジークも教えてくれなかったんです。楽しみは隠しておいたほうが大きいだろうって言って。」


 の言葉にロイエンタールは瞬時に綺麗に黒を隠した笑みでにとう言い諭すキルヒアイス魔王王子と、何とか王子役を他の誰かに変えようと模索しつつ何がしかの妨害にあって疲弊しているラインハルトママの姿が脳裏に浮かび、なんとも言えない表情になりました。
、お前は絶対キルヒアイスに騙されてるぞ。」と。
 いつか言ってやろうと心に決めながらも、ロイエンタール元帥は二人の幼馴染の言葉を素直に受け取ってうきうきと小人さんの家を眺めているに、応えてやりました。


「――小人役は獅子の泉(ルーヴェンブルン)の七元帥だ。」
「まあ!」


 ロイエンタール元帥閣下のごく端的な答え、も言葉よりも表情を輝かせて応えます。


「それならこのサイズのお家にせざるを得ませんよね。みんな大きな方ばかりですもの!」
「――そうだろうな。」


 果たして突っ込むところはそういうところなのか、と。
思いましたが、もちろん狩人さんはそんなことを口にしたりはしませんでした。
 うっかり余計なことを言ってしまったら、その分疲れが増すというものです。
そんなことになるなら、諸々を飲み込んで取り合えず舞台裏に戻るほうが余程賢い選択だと思いました。
 しかしながら、どうやらお疲れのロイエンタール元帥の様子に気付いたらしいは、まったく持って見当違いな気遣いを発揮してきました。


「もしかしてロイエンタール元帥は、原作では死んでしまったせいで七元帥の中に入れなかったから寂しいんですか?」


大丈夫ですよ、ジークだって原作では仲間はずれなんですから!
 もう返す言葉を捜す気にもなれなくなったロイエンタール元帥は、答える代わりにをひょいっと肩に持ち上げると、全然小人サイズではない小人さんのお家のドアを無造作に叩きました。






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2009/08/03 



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