Replica * Fantasy







閑 話 編 05




S c h n e e w i t t c h e n
― 白 雪 姫 ―





 むかしむかしあるところに、白雪姫というそれはそれは美しい娘が居ました。
この国の白雪姫は、髪の毛が黒檀のような黒ではなく、銀糸であることを覗けば、薔薇も恥らうほどに深い紅の唇と瞳、雪のように白い肌と、まさに白雪姫に相応しいお姫様でした。
 しかし時に美しさとは非常に罪なもので、この白雪姫はその美しさゆえに隣国の王子様に再三にわたってストーカー並みにしつこいプロポーズを申し込まれていたのです。
もちろん、本人の知らないところで、でしたが。


「ラインハルト様。今日こそを連れて帰ります。さあ、さっさとを連れてきて下さい。さあ、さあ、さあ!」
「キルヒアイス…お前今回はお前が王子役なんだから、今じゃなくても後々を迎えに行けば丸く収まるだろう。少しくらい待て。」
「最終的に僕のものになるなら、今僕のものにしてもいいじゃないですか。第一、パロディでもなんでも、りんごを咽喉に詰まらせるなど危険です。脳に酸素が回らなくて後で障害でも残ったらどうするんです?LOVE強化月間とかならまだしも、拍手レス用のパロディくらいで。」
「――キルヒアイス…。お前少し物事をはっきり言い過ぎた。少しはオブラートに包め。拍手はツキシロのやる気の源だ。その礼なんだからな。」


 管理人のやる気が失せたらお前との関係は永遠に進まないだろうが。
とまあ、ジークフリート・キルヒアイス王子は、白雪姫ことにめろめろなわけです。
 そのプロポーズの強引さに、思わず継母役のラインハルトが胃の辺りをひっそりと押さえたくらいです。
 ですが、今のところは普通に白雪姫パロディをしているとしか認識していないので、開始早々王子様が自分を迎えに来ていることなど微塵も知りません。
お話が始まっていきなり王子様に連れ去られてしまうと、拍手パロディにもならないので、意地悪な継母兼新銀河帝国の最高責任者であるラインハルトは、多分今頃は庭で階段の掃除でもしながら歌っているとキルヒアイス王子が遭遇しないよう、細心の注意を払ってキルヒアイス王子を追い出すと、ふらふらしながら自室へ向かいました。
 所詮はパロディなので無理もありませんが、本来意地悪な継母役ですから、必須アイテムの魔法の鏡ももちろん健在です。
 しかし、人間の見た目の美醜に関して非常に関心の薄いラインハルトママが鏡に話しかける内容といえば、もっぱら日常の愚痴ばかりでした。


「姉上、姉上。聞いてください。キルヒアイスが止まりません。拍手レス用のパロディ話だというのに、早々に部下の中から犯罪者が出そうなフラグがたち始めました…」
「まあ、それは大変ね…」


 さめざめと泣き出しそうなほど、げっそりとした様子でラインハルトが鏡の前で呟けば、もやんもやんと鏡の中から、これはまた美しい女性が姿を現しました。
 どうやら白雪姫における物語の発端となる問題発言をした魔法の鏡の役は、アンネローゼ姉様のようです。
 しかしながら、この姉弟の会話といえば「この世で誰が一番美しいの?」「外で掃除してる娘です」などという不毛な会話よりよっぽど切実なものでした。


「姉上、の貞操を守るにはどうしたらいいでしょうか?」
「――ラインハルト、貴方も大分ジークに影響されているわね。」


 それとも、自分だけさくさく子供を作って結婚したから、少しは成長したのかしら?
そうだとしたら、ヒルダさんのおかげね、と。
 アンネローゼ姉様はアンネローゼ姉様で勝手に納得しています。


「ジークは何を焦っているのかしらね?」
「最近はへの感情とは別に、俺を困らせようとしているんじゃないかと思います。」
「あら、ラインハルト。貴方ジークに何か恨まれるようなことでもしたの?」
「いえ、多分ストレスが溜まってるだけでしょう。」
「まあ、またに『お預け』でも食らったのかしら?(*1)


 鏡の内側と外側で、思わずため息がこぼれます。
鏡の外側のラインハルトママのため息は、特に盛大でした。
鏡の内側のアンネローゼ様は、鏡を割られない限りは実害は無いため、どこか他人事のように苦笑を浮かべながら呟いています。


とジークは、まだ出会っていないの?」
「会わせたら最後、は隣国に拉致監禁の一途を辿るような気がして憚られません。」
「でも、お話の流れとしては、冒頭で掃除をしている白雪姫は不法侵入してきた王子様と出会う予定でしょう?」
「先に原作(シナリオ)を無視しての拉致宣言をしてきたのはキルヒアイスです、姉上。」


 やんわりとしたアンネローゼ姉様の指摘に、だけどラインハルトママは妙にきっぱりと言い切りました。
 どうやらフリーダムなキルヒアイス王子にどこか対抗している模様です。
本来であれば、その微妙な対抗心は白雪姫であるに向けられるべきなのですが、仕方ありません。
 美少女に自分のほうが美しいと我を張る美青年皇帝など、絵にはなってもあんまりよろしくないですから。
 アンネローゼ姉様は、また聞き分けの無い子供に言い諭すように、小さくため息をついて呟きました。


「とてもよく分かるけれど、それもジークのストレス要因のひとつになっているのでしょうね。」
「……………」


 言われてみれば、そんな気がしなくもありません。
 では、自分が悪いのだろうか。
いやいや、キルヒアイスがフリーダムなんだ。
拍手用のパロディ話だからこそ、自分だって付き合ってやっているんだ。一人だけ我侭が許されるもんか。
 しかしこの胃の辺りの痛みは一体何なのだろうか…?
なんとなく、その原因とアンネローゼ姉様の言葉が直結していると感じたラインハルトママは、一瞬崩れ落ちそうになりましたが皇帝たる自分のプライドを総動員して何とかそれを持ちこたえました。


「どちらにしても、パロディ的に王子様を犯罪加害者にするわけにもいかなければ、現実問題として帝国宰相が犯罪加害者になるのも問題ね。なにより、が犯罪被害者になるのも見ていられないわ。」


 ラインハルトママはこくこくと鏡に向かって頷きました。
アンネローゼ姉様のお言葉の、前半には思うところもありますが、後半には激しく同意です。
まあ、白雪姫を妬むはずの継母が白雪姫の安否を気遣う時点でもう本末転倒というべきですが、所詮はパロディですからいいとしましょう。
 まだ殆どお話の最初のほうだというのに全然進まないあたりも、すでに拍手お礼の長さとかぶっちぎりで無視しそうな悪寒がひしひしと漂っているので、色んな意味で開き直ってしまうしかありません。
 そんなわけで、我武者羅なまでに強引に話を進めることにしましょう。


「それで、姉上。何かをキルヒアイスの魔の手から逃す良い手立ては無いでしょうか?」
「そうねぇ…。いっそ他の人と結婚させてみたらどうかしら?」
「姉上。それは自分が横たわったギロチン台のロープを自ら切る行為です。」
「そう?残念ね。面白いと思ったのに。」


 うふふふふ、と微笑むアンネローゼ姉様の微笑に、ラインハルトママはどこか薄ら寒い気配を感じました。
 キルヒアイス王子ほどではないしろ、同じオーラを感じずには居られなかったラインハルトママ、思わず考えます。
 思えば、昔はキルヒアイスも普通の子供だった。
ならば、誰の影響を受けて現在に至ったのだろう、と。
 しかしその結論に結び付けるには、鏡を隔てて向こう側に居るアンネローゼ姉様の微笑が美しすぎました。
 身震いをして怖ろしい考えを振り切ると、ラインハルトは今の会話を頭から追い出して続けます。


「もう少し白雪姫の展開に則った感じの、リスクが少ない方法は無いでしょうか?姉上。」
「なら、もういっそを森にやってしまったらどうかしら?このままだとお話も進まないし、どうせこの後は、狩人さんにの心臓を取ってくるフリをしてお城から逃がすのでしょう?」


 そうなのです。
ラインハルトママは別にの容姿を妬んだりはしていないので、本来の理由で城を追い出す理由など無いのですが、このままこの獅子の泉に居ればキルヒアイスの魔の手がにまで達するのは時間の問題でしょう。
 ならばいっそ、厳重警護と共にを別の場所で保護した方がいいのかもしれません。
アンネローゼ様のアドバイスは、結構良い方法のように思えました。
 ラインハルトママは少し考えてから、決めました。


「そうですね、姉上。最早手段を選んではいられません。キルヒアイスの魔の手が伸びる前に、を逃がしてしまうことにします!」
「そう。によろしくね。」


 ラインハルトママが勢い込んでそう決意を固めると、アンネローゼ様は手をお茶会の席を立つくらいののほほん加減で微笑みました。
 何につけ、突っ走ることしか知らない弟君です。
注意を投げかけるにしても、ある程度走らせてからのほうがいいのかもしれません。
 ですからアンネローゼ姉様はいかにも無害な魔法の鏡を装って、その実お話の発端ともいえる問題発言の変わりに、別の爆弾を投げ込んで見ました。


「ところでラインハルト。」
「何でしょうか、姉上。」
「貴方やっぱり女装が似合うわね。前回のシンデレラのときに経費でたくさんドレスを買っておいてよかったわ。(*2)


 鏡の中で手をたたいて喜ぶアンネローゼ様に、ラインハルトは勢い込んで席を立ち上がって早々、誰に憚ることも耐えることもなくぐしゃりと床に崩れ落ちたのでした。






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2009/07/13 



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