Replica * Fantasy







閑 話 編 08




"A handing down person of right love"? or "Right how to convey love"?
― 正しい愛の伝えかた ―
「おいしそうなラズベリーを見つけたんです。良ければ今度うちにいらっしゃいませんか?」


にそう誘われたのは、つい一週間ほど前のことだった。
うふふふふ、と。
は何だかとてもいいものを見つけた子供のように楽しそうに笑う。
基本的にも面白いことが好きだし、それを起こすことも好きだから、彼女は二つ返事で答えて、訪問の日は早々に決定した。


「それじゃあ様。来週末、お待ちしていますね。よろしければキスリング隊長も誘ってみてください。奥様をお借りするんですもの、どうぞお二人で夕飯を食べていってくださいな。」
「ああ、ギュンターのことは気にしなくていいですよ、。彼は新婚にも関わらず、妻より仕事を優先するフトドキモノですから。」


 ヴィジフォン越しにそんな会話をしたのだから、は当然招待のメインは夕食だと思っていた。
だから手土産に、食べたら舌が気色悪いほどに鮮やかに染まる合成着色料をふんだんに混ぜたカラークリームのケーキとワインを持参したというのに、その日、キルヒアイス宅のを訪問したは、あれよあれよという間にバスルームに押し込まれてしまったのである。


、何故にバスルーム?」


手を洗うならその手前の洗面所だけで充分なはずだ。
はぐいぐい背中を押してくるを振り返ったが、は逆にの反応に首を傾げていた。


「えっと、おいしそうなラズベリーを見つけたので、」
「まさか。バスルームにラズベリーが群生してるとか言うんじゃ…」


なら、だ。
何となく的外れな会話に、だけれど先に「あっ!」と叫んだのは、の方だった。


様、もしかしたら私、あまりの浮かれように肝心な事を言い忘れたのかも知れません。」
「肝心なこと、ですか?」
「はい。肝心なこと、です。」


真面目腐ってが頷くものだから、もつられて真顔で問い返してしまった。
はこっくりと頷くと、二組揃えられたタオルの脇にちょこんと置いてあった小さな小瓶を手に取って笑った。


「フレッシュ・ラズベリーの香りです。新製品なんです。凄くおいしそうな香りなんですよ。」


半分程中身が減ったそれを見て、はようやく納得した。
瓶には可愛いらしいラズベリーのイラストと共に『Bubble Bath』の表記がある。


「ああ。入浴剤の方の話だったんですね。」
「はい。一緒に入ろうと思ってお誘いしたんです。」


様も、最近バスグッズを使っているって聞いたので、と。は少し得意げだ。
それなら、と。
は早々に服を脱ごうとボタンに手をかけたが、ふと手を止めてに向き直った。


「でも。キルヒアイス閣下は良いんですか?」


勿論これは、「一緒に入るのがキルヒアイスじゃなくて自分でいいのか」という問いだ。
問われたは、僅かに頬の血流の量を変えて答えた。


「ジークは、いいんです!」


その、ちょっとむくれたような、照れたような、拗ねたような、恥じているような、の表情。
はそれだけで総てを理解した。
との身長差を埋めるように身を屈めて、子供の耳元にワルイコトを吹き込む。


「キルヒアイス閣下と一緒だと、バブルバスを堪能しているヒマなんて無いでしょう?」
様!」


かっと。
音を立てそうな勢いで頬を染めたが、から飛びのく。
思わず声を出して笑い出してしまったが、は金魚のように口をぱくぱくさせただけで、何も言えなかった。
はせいぜい経験値の差からなる落ち着きをはらって、に苦笑めいた笑みを向ける。


「大丈夫ですよ、。世間一般の恋人達なら、半分以上はそんなものです。」
「――あれが、ですか?」
「はい。」


むろん、が何をさして『あれ』と言っているかなんて、知るわけがない。
だが、漠然とどんなものなのかは想像がつくから、にっこり笑って断言してやった。
そしてもごもごと口ごもりそうになるに、続ける。


「ですが、そんなにがうろたえるなら、今日は少しマズイかもしれません。」
「マズイ、ですか?」
「はい。」


がまだ少し泳いでいる視線をに向けると、は小さく肩を竦めてから、着ている服を脱ぎにかかった。
プロテクターが外されて豊満でしなやかな身体があらわになっていく。
それはそれは眼福な情景であったが、は途中から直視出来なくなってしまった。


「ギュンターは、見かけに寄らず独占欲が強いんですよ。」


は固まっているに、ほぼ全身に散らされた紅い印の意味を教えてやった。
思わず絶句して、の新しい家族の独占欲とやらを間の当たりにしたは、驚いたような呆れたような、だけど納得がいったようにしみじみと呟いた。


「本当に、世間一般の恋人達の間では珍しいことじゃないんですね…」


むろん、が思わず吹き出したのは無理も無い。
はぷくりと頬を膨らませるながら、まだ少し紅い頬で「そんなに笑わなくても…」とむくれながら、自分も着ている衣服に手をかけた。


様、先に入ってて構いませんよ。」
「いえいえ。せっかくのラズベリーですから、お待ちしますよ。何なら脱ぐのもお手伝いしますが。」
「もう、様。ジークみたいなこと言わないで下さい。赤毛になってしまいますよ?」


言いながらも、はさくさく服を脱いで、それらをのものと共に洗濯機の中に放り込んで行く。


。もしかしてそれ、私の服ですか?」
「ええ、様のです。」
「では、それを洗われると、私は着て帰る服が無くなってしまいます。」
「大丈夫です!乾燥機もありますから!長湯してご飯食べてるうちに乾きますよ。イザとなったらジークの服をお貸しします!」
「出来ればそんな自殺行為は全力で回避したいです。」


バスローブとかならフリーサイズです!と。
何だか得意げに宣言するに、はひっそりと答えておいた。
しかし、酷くご機嫌なの耳には、どうやらの切実な希望は届かなかったらしく、彼女は手際よく洗濯機をセットすると、後はの背をぐいぐい押してバスルームの中に押し込んでしまった。
なるほど、適温に設定された浴室暖房と、芳しいラズベリーの香りで満たされたバスルームは、何だか別世界のようだ。


「良い香りですね。」
「でしょう?最近一番のお気に入りなんです。」


 ばっしゃばっしゃとかけ湯をして、早々に二人して湯船に漬かる。
どこぞのホテルのようにジャグジーまで備えられた風呂は、いい具合にバブルバスをあわ立たせていた。
 がいかに平均女性よりも上回る体格をしていたとしても、と二人で入るには充分な広さがある。
そのバスタブの中で、二人して長湯のために向かい合って居場所を定めてしまうと、は早速両手で泡を掬っての方へ飛ばした。


、悪戯はいけませんよ。」
「だって、泡風呂ですよ?」
「理由になりませんね。」


 楽しそうに笑うに、今度はも笑って、水面下から長い足を持ってわき腹をつついてやれば、は全く予期していなかったのか飛び跳ねる。


様!足は反則です!」
「不意打ちはいいのに?」
「だって私と様じゃあ足の長さがまるで違うじゃないですか!」


 全く持って理不尽な言いようであるが、は必死だ。
その様子を軽く笑って流すと、を同じ様に泡を掬って吹きかけた。
 女同士であるせいか、それともそもそもの性格が無頓着であるのか、は見え隠れする豊満な胸やそこに刻まれた紅い印なども隠そうとしない。
 芳しいラズベリーの芳香の中で、肌理細かな真っ白な泡に塗れた紅は、酷くの視線を誘った。
 何しろ同性のから見ても、のそれらは強烈である。


「どうかしましたか?」
「え?!あ!何でもないです!!」


 急に大人しくなったに、は訝しげに問いかけたが、考えている内容が内容なだけに、はしどろもどろ真っ赤になっていかにも「しまった」という表情で答えてしまった。
 その反応の拙さも加わって、は気まずそうにの視線から逃れようと、ぶくぶくと泡だらけのバスタブに沈み込んでいく。
その分かりやすさが笑みを誘って、は思わず声を上げて笑った。
 無論、いくら沈み込んだとはいえ、呼吸が止まってしまうから何時までもそうしては要られないし、どれほどいい匂いだとしてもラズベリーの泡はラズベリーではないから、食べれるわけでもない。
 泡の苦さに少しだけ眉を顰めて、噎せ返る前に、は負けを認めた。


様は…恥ずかしくありませんか?その…それ…とか……。」


酷く言い辛そうな歯切れの悪い口調で、はまだ少し視線を泳がせながらに問いかける。
『それ』というのが、何かとすぐに察したは、半分諦めたように笑って答えた。


「そうですねぇ…。恥ずかしいには恥ずかしいですが、こればっかりはギュンターの気分し次第ですから。むしろ私はの肌に何の跡も無いほうが驚きましたが…。」


 キルヒアイスの性格を考えれば、むしろありえないくらいの勢いの疑問を込められた呟きに、は更に顔を紅くして再び泡の中に隠れようとする。
 モグラにでもなってしまいたい気分だった。


「あの、その…今日は、様とお風呂に入るので…その…ジークには…あの……その…ダメって……」


 ぼそぼそと、の声はしりすぼみになっていく。
だが、よりも一回りほど経験を重ねているは、少女の言わんとしているところを正確に察してフィードバックした。


「――まさか、。キルヒアイス閣下に『お預け』を食らわしたのですか?」


 フィードバック、と言うよりは、ただ単に驚愕した。
あの、キルヒアイスに、お預け。
 くらくらするくらい恐ろしい所業だ。
どうりでここ何日か、の伴侶であるキスリングが青い顔をして帰宅し、倒れるようにして眠るわけだ。
 それでもしっかり紅い印をつけるあたりの神経回路はこの際置いておくとして、の答えを待たずして全てを察し、そしてひっそりと天を仰いだ。


「お預けって…様…。ジークは犬じゃないですよ…?」


 の様子など気づきもせず、ぶくぶくと隠れようとしながら相変わらず歯切れの悪い言葉で答える。
でも、つまるところはそういうことなのだろう。
 が『お預け』を出したとして、キルヒアイスがどれくらいその状態を保っていられるかなど、にはする由も無い。というか、知りたくも無い。
 しかし、現にの肌の痕跡から察するに、多分キルヒアイスはの『お預け』の真っ只中にあることは容易に想像できた。
 そこをストレスとした機嫌の悪さも、想像したくも無いのに事細かに想像できてしまう。
その原因が、女同士とはいえ『人と風呂に入るのに鬱血点があると恥ずかしいから』なんてことが知れたら、自分はキルヒアイスに殺されかねないな、と。
 は少しだけ顔を青褪めたが、対照的に頬を紅らめているに少しずつ色々なものを諦めて、この状況を楽しむことにした。
 切り替えが早いのは、の長所と言ってもいいだろう。
世を儚むよりは、儚い世を楽しむほうが何倍も有益である。
 儚い世だと思わせる、目の前の張本人については、最早嘆いても無益なのだから。


。それはまた、随分と…なんというか、思い切ったことをしましたね。」
「――そうでしょうか。だって、ジークはいつも…」
「いつも?」


 不意に言葉を止めたは、どうやら日常会話のレベルで話していい内容なのかどうか迷っているらしい。
 羞恥心が前に出てくる話題だけに、それは別に間違ったことではないのだが、はせっかくの機会を逃す気は無いらしかった。


「ダメですよ、。」


にっこりと、怖いくらいに綺麗な笑みを浮かべて、泡に塗れたお湯の下からを捕獲する。


「せっかくだから、きっちり吐いてもらいましょう。」
「あの…えっと…様?」
「うふふふふふふふふ。」
「あ…あははははははは…?」


 きっちりと温度調節された浴室の中に、の楽しそうな声と、何処か焦ったのつられたような笑い声が響いた。






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2009/02/10 



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