が酷く真剣な眼差しで、背伸びした言葉を口にするから、ロイエンタールは軽くあしらって遠まわしに答えてやった。 子供の恋愛ごっこに付き合ってなどいられない、と。 「俺には幼女趣味は無い。」 ついでに込められたもう一つの意味は、『子供』が何をふざけたことを、である。 だけど、相手が百戦錬磨の男であるから、そんなのはだって最初から想定内の答えだ。 だから彼女は、確かに傷付いていたけれど、それをちゃんと押し隠して微笑んでやった。 「それなら、大人になったら、愛してくれますか?」 大人の女性にそうするように、と。 そう続けられて、ロイエンタールは無言で眉を寄せた。 ロイエンタールが口にした『幼女趣味』という言葉には、今のの年齢では太刀打ちが出来ないということを告げている。 だけど、総ての人間は時間の経過とともに歳を取ることを強制されている。 にも、未来と共に可能性が残されているはずなのだ。 だから、は笑う事が出来る。 だから、ロイエンタールは寂しく笑うに最後通告をした。 「。お前がどんなに急いで大人になっても、あらゆる意味で大人になったとしても、だ。俺は、お前だけは愛さない。決して。」 明確な拒否。 それを、頭から笑い飛ばすことは、には出来なかった。 はただ、泣きそうになる心をどうにか押さえ込んで唇の端を噛む。 「私が、ラインハルトとジークの妹だからですか?」 「そうだ。」 その事実がある以上、がロイエンタールを選ぶことは許されない。 同様に、ロイエンタールがを選ぶことも有り得ないのだ。 「分かるな、。」 「――分かりません。」 「分かっているなら、もう戯言を言うのは止めろ。」 ロイエンタールは、いっそ煩わしげな動作でを追い払おうとする。 だが、の方だってはいそうですかと引き下がることなんて出来ない。 ロイエンタールと違って、感情を理性で抑えるやり方を、はまだ知らないから。 それが他人の為なら、いつだって意識しなくても可能だったのに、自分の為に気持ちを抑える事が出来なかったのだ。 それなのに、ロイエンタールは無情にも追い打ちをかけてくる。 「お前が本気になればなるほど、俺はお前を遠ざける。」 「では、火遊びなら傍に置いてくれますか?」 「――火遊びでも、同じことだ。」 目の前の少女は、確かに傷付いているはずなのに、傍目には冷静は様子を保っているに、ロイエンタールは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。 彼の豊富過ぎる女性経験を基盤にするなら、ここまではっきり言われた女の反応はたいてい二つに分かれる。 逆上するか、泣き出すか、だ。 それは若く美しい矜持が高い女ほど前者に多く見られ、実年齢もしくは精神年齢の高さと性格のおおらかさに比例して後者へと推移していく。 ロイエンタールのカテゴライズでは、は明らかに後者だった。 だから彼は彼女が泣き出すかと思った。 だが、は食い下がってくる。 にとっても、これが最後なのだから。 「お前は陛下の元へかえれ。」 「私は、ラインハルトのものじゃありません。」 「もうすぐそうなる。」 「――なりません。」 「なるだろうさ。陛下は、お前を愛している。いい加減、気付いていないふりはやめろ、。」 「――言わないで下さい…、ロイエンタール元帥…」 彼にしては珍しいほどに、いっそ悲しいくらいの柔らかさを象って微笑したロイエンタールの言葉は、を優しく切り付ける。 今度こそ涙が溢れたの頬を、ロイエンタールは拭う訳でもなく指先で辿った。 その手に、は自分の手を重ねる。 ロイエンタールは、振り払わなかった。 「ラインハルトは、嫌ならそう言って良いと、言いました。」 「――それが、お前に、出来るのか?。」 「できません」 小さな、だけど明確な言葉で、はロイエンタールに応える。 ラインハルトは、に求婚した時に、きちんと逃げ道を与えていた。 嫌なら、そう言えばいいのだ、と。 だが、それは事実上逃げ道にはなりえない。 皇帝を拒否することは、様々な意味で不可能なのだ。 にとって、皇帝が大切な存在であればあるほどに。 本人の自覚がどれ程のものであっても、ラインハルトは皇帝であるから。 彼を拒否して許される存在があれば、それは権威の失墜を許す事に繋がる場合も考えられる。 例えラインハルトがゴールデンバウムとは違うのだと声高に叫んでも、人々にはまだゴールデンバウムが根強く残っているから。 それが、皇帝を蹴って選んだ相手が、反乱と漁色の名で知られるロイエンタールともなれば、尚更である。 本気であっても火遊びであっても、とロイエンタールでは『駄目』なのだ。 「――陛下を、恨むなよ。」 ここ最近、に当て付けるように、あるいは、ロイエンタール自身の憂さを晴らすかのように、女遊びが激しくなった彼は、関係を持った女達に触れる手のどれとも違う動作で、に触れる。 柔らかい感触は、子供であると同時に女性のそれだ。 ロイエンタールはの感触を望んだ事はなかった。 こんな風に手放す日が来るとも、思わなかったけれど。 「どうしたら、ラインハルトを恨めるんですか?」 「だから、『恨むな』と言っているだろうが。」 酷く心許ないの言葉に、ロイエンタールは小さく苦笑する。 は笑えなかった。 頬に触れたままのロイエンタールの手の方に、擦り寄るように頭を傾けて目を伏せる。 また一筋、涙が押し出された。 「私を愛してくれる人を、どうして恨めますか…?」 それが、ラインハルトに向けられた言葉なのか、ロイエンタールに向けられた言葉なのか、彼には分からなかった。 も、明確には答えなかったから。 だからロイエンタールは、の柔らかな肌から手を離して、その表情を改めた。 それはもう、子供に向けたものでも、女に向けたものでもない。 「ご結婚、心よりお祝い申し上げます。皇妃殿下 ロイエンタールの言葉に、ほんの一瞬苦しげに表情を歪めたは、だけどすぐにそれを押し殺して、美しい顔を微笑に変えて応えた。 |
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