「、好きだ。」 「私も、ラインハルトが大好きよ。」 彼にしては珍しく、ラインハルトが酷く真剣な表情で呟く。 しかしは、ごく当たり前の事実を受け止めるように。 だけど少しはにかんだように微笑んで、答えた。 その言葉以上に喜べないのは、同じ言葉について、ラインハルトが意味するところとが意味するところで、大きな差を抱いているからだろう。 ラインハルトは少し苛立った様に、豪奢な髪を無造作にかきあげて更に言う。 「そうじゃない、。俺は、お前を、愛してるんだ。」 「私も、ラインハルトを、愛してるわ。」 それなのには、ラインハルトの様子などまるで分かっていないかのように、また零れるような笑みを湛えて応える。 だけど、のそれはラインハルトが望んでいるそれではないから。 彼女はきっと、親しい間柄の誰に好意を寄せられても、同じように少しはにかんだ愛らしい笑みで応えるのだろう。 「私も、愛してるわ」と。 まだ幼くて、総てが綺麗なモノで出来ている世界に住んでいるにとっては、それが本心からの言葉なのだから。 それが、もどかしいと思ったことは、ラインハルトにはなかった。 もともと、ラインハルトにそうした意識が薄いことも理由に挙げられるだろう。 だが、それ以上に、自分が想う感情と同じものをが持っていなくても、ごく当然のようにそこに居てくれるという事実だけで、ラインハルトには充分だったのだ。 だけど最近は、そのささやかすぎる感情すら、脅かされている。 皇帝となり、宇宙を統べた者に次に望まれたのは、それを存続させるための『お世継ぎ』だった。 ごく当然の成り行きから、ラインハルトには様々な手段によって様々な後ろ盾を持つ令嬢達が送り込まれてきた。 むろん、その中にはいない。 ゴールデンバウムの終焉より、ラインハルトに存続を許された貴族達も程度の差こそあれ、やはりその影響を受けていたのだ。 本人が貴族であるとはいえ、有力な後ろ盾も無く、その出自も波瀾万丈と言うに相応しい娘は、皇帝には相応しくないということなのだろう。 ラインハルトにとって、外野の言葉などはいちいち気にかけるまでもないことだ。 しかし、自分の知らない場所で、自分の事を決められてしまうことは耐え難い。 だからラインハルトは行動に出たのだ。 むろん、感情は押し付けるものではないから。 ラインハルトは己の感情をに強要したりはしなかった。 きちんと、選択の余地を与えるつもりだった。 しかしそれは、が選ぶ選ばない以前の話に終わってしまったのである。 は、ラインハルトが言葉にした『愛してる』という言葉を、取り違えていたのだ。 こんなに明確に言葉にしているのに、ラインハルトの『愛してる』は伝わらない。 あるいは、『意識にも上らない』というその反応こそが、のラインハルトの心に対する答えなのかもしれないのだが。 それが、ラインハルトにとっては残酷過ぎる、の心なのかもしれない。 だが、その可能性にまで、とうに辿り着いているのか、まだ辿り着いていないのか、ラインハルトはどちらともとれるような、些か深刻過ぎる表情でを見つめていた。 「。」 「なぁに、ラインハルト。」 自分は、気にしていなかったはずだった。 それが当然と思っているはずだった。 それなのに、どうしてこんなに苛立つのか、ラインハルトはを見つめながら考える。 名前を呼べば、微笑んで答える。 そして同じ様に自分の名前を呼ぶ。 その心は、ラインハルトをいつも満たしてくれていたのに、今回だけはどうしてもそう受け取ることが出来なくて。 「――。」 「なぁに、ラインハルト。」 もう一度読んでみれば、は少し困惑したように表情を変えて、そして同じ様にラインハルトの言葉に答えた。 先を促すわけでもなく、意図を測ろうともしていない。 「分からないのか?それとも、分からない振りをしているのか?」 「何を?」 問いかけてみれば、問いかけで返してくる。 この苛立ちはきっと、どうすれば言葉の意味を理解してくれるのか分からないからだな、と。 ラインハルトは少しだけ目を細めて考えた。 同時に、眉間に寄った皺を見て、が少しだけ怯えたように肩をすくめる。 「ラインハルト、もしかして怒っているの?」 「――そうだな。怒っているのかもしれない。」 「どうして?私、何かした?」 「何もしていないが、今回の場合はそれこそが原因、というべきだな……。」 言いながら、ラインハルトはの柔らかな頬に手を伸ばす。 両手で包み込むように。 そして顔を近づけて。 それでもは動じないし、危機感だって微塵も感じた様子が無い。 「。どうした?」 「どうしたって、言われても。ラインハルトこそどうしたの?」 「どうもしない。いや、どうかしてるのかもしれないな。」 「なぁに、それ?」 ごく至近距離で笑うラインハルトの言いように、も面白そうに笑う。 もうあと幾許かで唇まで届きそうなこの距離でも、は無邪気に微笑む。 それが、酷くもどかしいような、そうではないような。 今まで考えたことも無かった感情に、ラインハルトは表面には出さずにひっそりと考え込まされていた。 こうすることで、自分は何を望んでいるのだろう。 は誰のものでもないのに、ラインハルトは自分がこの愛しい存在をどうしたいのかが分からなかった。 確かに、どうにかしたくて行動に移したというのに。 「ラインハルト。」 「なんだ、。」 不意に、そのままの体勢で、がラインハルトの名前を呼んだ。 そして彼女は、自分の両頬を包んだラインハルトの手に自分の手を重ねて言ったのだ。 「こんなところ、誰かに見られてしまったら大変なことにならない?お見合いのお話、沢山来ているんでしょう?」 は、知っているのだ。 ラインハルトが結婚し、世継ぎを設けることを望まれていることも。 そのために数多の女性があてがわれようとしていることも。 その中に自分が入っていないことも。 知らないのは、ラインハルトがそれを望んでいないことと、彼の今の行動が、まさにそれに逆らった感情から生まれているということ。 だからラインハルトは、の言葉に再び眉間に皺を寄せた。 こういう行為を、他人が見ればどのように取られるか知っているのに。 二人の関係がどのようなものとして解釈されるかという危惧は感じているというのに。 言葉にして、行為にして、伝えているのに、どうして真の意味で理解しないのか、と。 そこまで分かっていて、何故『愛している』という言葉の意味を理解しないのか。 見え隠れしていた苛立たしさが再び首をもたげて、気付いたときにはラインハルトは触れたままのの顔との距離を縮めていた。 「ラインハルト?」 触れたのは一瞬だけ。 そんな技巧を、ラインハルトは知らないし、経験も無い。 だけど、『愛している』という言葉の意味を正確に伝えるには、それだけでも充分なはずだ。 「。愛してる。」 「――……」 「俺と、結婚して欲しい。」 分からなかったは、ようやく意味を理解したのかもしれない。 分からない振りをしていたは、ついに逃げ場が無くなったことを悟ったのかもしれない。 そのどちらがの真意か判断がつかないラインハルとは、もう言葉を待たなかった。 固まってしまったの頬に触れたまま、ラインハルトはもう一度その唇に自分の唇を重ねて、触れるだけのキスをしたから。 |
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