私は、本気です。 真剣です、と。 がどんなに必死に言葉にしても、ミッターマイヤーは困ったように笑うだけだった。 それが、どういうことなのか、も知っている。 そしてきっと、彼がそういう人間だからこそ、自分は彼を好きになってしまったのだろう。 は、エヴァンゼリンを愛するミッターマイヤーに、焦がれた。 自分もいつか、誰かにそんな風に愛されたいと思うようになった。 それが何時しか、『誰かに』から、『彼に』に代わってしまったのは、どうしてなのだろう。 は知っている。 自分がどんなにそれを言葉にしても、ミッターマイヤーが受け止めてくれないということを。 だから言葉に出来る。 「ミッターマイヤー元帥。好きです。」 「――俺も、が好きだよ。」 迷子の子供が縋るように、はミッターマイヤーのマントの端を掴む。 返される言葉も、もう口を開く前から分かっているから、少し切なくて視線を落とす。 もう随分繰り返したやり取りをまた、今日も同じ様に。 駄々をこねる子供を宥めるように、ミッターマイヤーはの頭をくしゃりと撫でて答えた。 だから、は、また続ける。 「ミッターマイヤー元帥。愛してます。」 「――俺は、エヴァを愛してる。」 とミッターマイヤーの好意には、明確な差がある。 ミッターマイヤーは『女の子』として愛することはあっても、『女性』として愛することは無い。 どう足掻いても、がエヴァンゼリンに取って代わることは出来ない。 だからミッターマイヤーがを愛する日は、来ないのだ。 エヴァンゼリンと同じ意味では。 だから、は静かに笑って答える。 「知ってます。」 だから、は、安心してその言葉を口に出来るのだ。 ミッターマイヤーが、決して自分の言葉に答えることは無いと、知っているから。 エヴァンゼリンを裏切ることなど出来ないと、知っているから。 「、君は…」 「貴方を、愛してます。」 おままごとの延長上の気持ちだと、笑いますか? だけど、本当に子供の世迷言だと、私以外の誰が断言出来るのですか、と。 困惑するミッターマイヤーに、はいかにも子供らしい無邪気な微笑を見せる。 何時もと同じ言葉。 何時もと同じ反応。 何時もと同じ表情。 でも。 それでも明日は、もしかしたら違う何かが返って来るかもしれない。 ほんの少しでも、変化した関係になるかもしれない。 そんな、一縷の望みを捨てきれないから、はどこか寂しく微笑みながら、毎日繰り返すのだ。 それがどれだけ無駄なことであるかなんて、それ以上によく知っているのに。 その微笑は生々しい感情とは無縁のものであるけど、その微笑を孕んだ『』という存在が、もう子供の領域を脱しかけている年齢であることは、もう誰もが知るところであったから。 だけど、否、だからこそ。 まるで親子にも近い年齢差を持つミッターマイヤーとに、周囲はその公言を冗談だとしか受け取らなかった。 面白半分にからかうことはあっても、誰も真剣にの心を理解してくれない。 ならば、冗談と思われているなら、と。 は自分の気持ちを言葉にすることに、なんら抵抗を持たなかった。 それが、真実本心から放たれた言葉だと知っているのは、おそらく彼女の二人の幼馴染と、彼の親友の三人のみだっただろう。 勿論、その三人でさえ、表向きには冗談として受け流している。 それが、とミッターマイヤーにとって、良いのか悪いのかは、当事者を含めても誰も分からない。 は決して報われることの無い、絶望的な片思いであることを自覚しているし、ミッターマイヤーもそれは同様だ。 彼はどんなに真摯な気持ちで愛を囁かれても、たった一人以外に答えることは無い。 『愛』に焦がれる思春期の少女の、一時的な気の迷いであればいいと願っている。 わざわざ自分など選ばなくても、の周りには真剣に彼女を愛してくれる者がいるのだから。 が自分を慕うのは、きっと彼女に与えられることの無かった『父親』という存在を自分を通して求めいるからなのだ、と。 ミッターマイヤーは見えている現実と聞こえてくる真実に気付かない振りをして、の心から自分の存在をそむける。 それが誰を想って、誰のためにしているのかを知っているから、は一人眼を伏せた。 「――私が、もう少し早く生まれてくれば、よかったのでしょうか?」 彼が彼女と出会う前に、自分の存在を刻み付けることが出来たなら。 何度も囁いた愛が報われることもあったのだろうか、と。 「そうしたら、きっと陛下やキルヒアイスと出会うことも無かったはずだな、。」 「意地悪ですね、ミッターマイヤー元帥。」 『もしも』という仮定を用いて話を進めることの無益さについては、もミッターマイヤーも知っていた。 それでも、そんなことを考えてしまうのは、それだけ本気であるから。 だから、ミッターマイヤーはの言葉を否定しなかった。 代わりに、遠まわしに別の可能性を示唆すれば、は泣きそうに表情を歪めてミッターマイヤーを見つめた。 抱き寄せて、慰めることは出来ない。 ミッターマイヤーがを、エヴァと同じ様に『愛する』ことは無いから。 強く望みながら、未だ叶わぬ望みをに投影して、彼女を『娘』としてなら、『愛する』ことも出来るけれど。 は多分それを望んではいないから。 少なくとも、今は。 だからミッターマイヤーは、と同じ様に苦しい表情で応える。 「。俺がエヴァを裏切るなど、ありえないんだ。」 「私もです。」 泣きそうだったも、毅然として応える。 『裏切る』ことなど、『ありえない』。 はそれが誰に向けた言葉かを言わなかったけれど。 その気丈さに、ミッターマイヤーが僅かに微笑めば、も真剣そのものの表情に小さく微笑を滲ませた。 それが、の偽らざる心であるから。 だけど、それでもミッターマイヤーを想う心もまた、偽らざる心であるから。 は少しだけ寂しそうに微笑んで、そして寂しげに微笑んだ表情のままで続けた。 「それでも、考えてしまうことがあるんです。私なら、ミッターマイヤー元帥のお子さんを生むことも、出来たかもしれないのにって……。」 のその言葉に答えることがどういう意味を孕んでいるか、ミッターマイヤーは直感的に理解した。 だから彼は、明確な言語化に出来ない答えを、困惑したように微笑を浮かべて、そしてまたの銀色の鮮やかな髪をくしゃりと撫でた。 |
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