変化というものは望まぬときに訪れて、望む時ほど起こらない。 ロイエンタールは形の良い唇に見合った発言をしてみせる。 「要するに、が言うにはだな。ローエングラム元帥閣下に恋をしていて、キルヒアイスを愛しているのだそうだ」 ややこしい。と頬杖をついたままのロイエンタールが目の前に差し出されたコーヒーとケーキに手を伸ばした。 その隣では既にが二個目のケーキに舌鼓を打っている。 今日はカラークリームではない、店に出されているかのような普通のショートケーキを大箱では作ってきたのだ。 お口に合ったようで何よりですわ、とほっと胸をなで下ろしても自分の分のケーキを切り分けた。 から受け取ったコーヒーに口をつけたキスリングはいつも通りの憮然とした顔で考える。 この相関図で、フロイライン・クロプシュトックの色恋の話題の方がよっぽどややこしい気がする、と。 「キルヒアイスはあれでは生殺しだ。流石に同性として、同情を禁じ得ないと思わないか?キスリング大佐」 思わぬロイエンタールからの質問に、ふっとカップの中のコーヒーがさざ波を立てた。 それに気づいたのはだけで、楽しげに赤い眼をニヤニヤと歪ませている。 「あのう、大佐。もう一つ頂いてもよろしいでしょうか」 思わぬところから助け舟、が黒い瞳をキラキラとさせながらを見上げている。 どうぞどうぞ、ホールで作ったかいがありましたともケーキに再びナイフを入れた。 そのやりとりにどこかがっくりと肩を落としつつ眉をひそめるロイエンタールに、キスリングは微かに笑って答えた。 「小官には何とも。フロイラインの御心ひとつ、というところなのですね?」 「俺にはそう見えるのだがな、どうやらはそうではないらしい」 「失礼ながらロイエンタール提督、無自覚ですか」 上官・僚友、更には軍人でもないのに元帥府に出入りするの三角形を描く感情のために割く時間を思う。 キスリングのその一言に、今度はロイエンタールが憮然として見せた。 「なるほど、流石は親衛隊長。卿には隙がないな」 「恐縮です」 「で?そこでケーキを取り合っているお前たちは一体どう思ってるんだ」 女性の事は女性に聞くのが一番だ。 三色の美しい眼に、「はい?」と呆けた声をユニゾンさせる女性二人はケーキの上に乗っている苺の配分にああでもないこうでもないと白熱談義をしていた。 閣下はともあれ、もうひとりの人選を間違えてます閣下、とキスリングは目を伏せる。 その無言の提言に思わず頷きかけたロイエンタールだったが、の声が甘い響きであっさりと男二人の考えを両断する。 「はいずれこの変化を受け入れようと、自ずから変化するはずです」 見守って差し上げることくらいしか出来ませんよ、閣下。 ロイエンタールの視界にちらりと覗く、紅い唇の白いクリームを舐めとってやろうかと思えるほどに、軽やかな断定。 しかしその黒い瞳は彼ではなく、の指先に熱く視線を注いでいた。 「元帥閣下もキルヒアイス提督も、黙って生殺しにされるような方でもないでしょうしね。ご内密に」 今度はロイエンタールがコーヒーカップの中を波立たせる番だった。 後できつく処罰しますと、親衛隊長としての顔でキスリングはぼそりと呟いた。 「ほら、様。これでしたらどうでしょう!どんなに切り分けても苺は平等です」 ショートケーキのホール、くるりと外周を飾る苺。確かにそれはショートケーキだった。 「贅沢ですね!これならば何処から食べるか迷わずに済みます」 はケーキ中央に苺を山盛りに乗せて、満足げににVサインをして見せた。 男二人は、自分達が食べている途中のケーキを見やる。スポンジは二段重ねで、中にもスライスされた苺とホイップクリームが挟まっていた。 キスリングがロイエンタールの皿に視線を移せば、上に飾られていた苺もなく、まっすぐにフォークを下ろした跡が見てわかる。 同じことをロイエンタールも考えていたのだろう、金銀妖瞳はキスリングが残していた飾りの苺が皿の隅に残してあるのを捕らえて。 どちらともなく思わず苦笑が零れた。 「、それはもはやショートケーキではなく、タルトと呼ぶべきではないのか」 同感だ、とロイエンタールは最後の一口を平らげた。 くるりとナイフを回したが首を横に振って、が蕩けそうな頬笑みで続けた。 「ああ、もうわかってないわねえ」 「乙女心に最強の破壊力をもたらすケーキなんですよ!」 お前達の何処が乙女といえる年齢なのか、もう少し考えて発言をしろとロイエンタールは喉から零れそうになったけれども。 キスリングも同じ顔をしていただけに、何となく口を噤んでの説明を聞いた。 「いいですか?見ててくださいねー」 すぱっとまっすぐに迷いなく、先ほどと同じ動作でケーキを切り分けた。 同じ形の、先端に苺が集中した、二段重ねのショートケーキ以外の何物でもない。 「で、これが何なんだ」 痺れを切らしたロイエンタールがに問う。 「閣下は見て解ると思っていたのですが。残念です。大佐、ロイエンタール提督は乙女心検定三級です!」 「待て、。お前何をしたためている」 「検定結果表です。提督は三級ですね。ちなみに今のところメックリンガー提督が一級ですよ」 素早い動作での持っているノートをロイエンタールは抜き取った。 ノートには確かに彼女の文字で「三級 ロイエンタール提督 ワーレン提督 ルッツ提督…」と書かれている。 ブラスターを構えそうになったロイエンタールを、低い声でキスリングが諌めるように呟いた。 「小官にも、先程のショートケーキと何も変わらないようにお見受けしますがね…」 丁寧な語調の裏に暗号めいて、どうせお前ロクでもないこと考えてやってみたんだろ!との後頭部に投げかける。 「じゃ、ギュンターは降参てことよね?」 「降参も何もあるか。下らないことをしやがって」 「乙女心検定最下位出ましたー!ついに出ました様!これは帝国始まって以来の快挙…」 死ね!と低く低くバリトンなユニゾンが二人を攻めまくり、元帥府の一室でなければきっと部屋中がぼろぼろだったであろうなあとは目を遠くして、乱れた髪を整えた。も汗をかいたらしく、上着を脱ぎながら真面目くさって小首を傾げた。 「では、聡明な親衛隊長と、ロイエンタール提督にお伺いいたします。三角形の面積を求める公式を言ってみて下さい」 「…三角形って…あの三角形か?」 「底辺×高さ÷二」 意外と出てこないものだ、とロイエンタールはほんの少し眉をひそめた。 「正解です!で。ケーキをよくご覧下さい。苺の位置と今の方程式を当てはめれば…」 皿の上に八つの目が集中する。 外周に盛られた苺が二つ、先端に大量に置かれた苺の一部。 「あ」 「…下らんな」 底辺にふたつの苺、二人のせめぎあい。 頂点に大きな苺、想いが重くてゆらゆら。 甘くて贅沢な悩みは甘酸っぱいのだ。美味しいだけじゃない。崩れないように、崩さないように、崩してみたい、どれが勝つか。 「三角関係なんて所詮、頂点を取った者が勝ちなのです。上からじわりと攻めるのもまた然り、頂点が入れ替わるのもまた一興…」 「恋心を苺で表すこの繊細さ。甘酸っぱくいつまでも後を引く。また乙女心検定やりましょうか、様」 宮廷の舞踏会を気取る様な芝居めかした言葉の羅列に、人選は間違っていた、と二人は認めざるを得なかった。 ひとりはクリームを蕩かしそうなほど優しく、もう一人は酸味と甘みを含んだ刺激的なウインクをつけて、同時に笑うのだから。 「検定はもうやめろ!…失礼しました閣下、お止めください」 「しかし、底辺と頂点しか使わなかったではないか。、詰めが甘いぞ」 ロイエンタールの鋭い指摘にぴくり、ととは固まった。 「そうですね、それにショートケーキは元は円柱、この形は五面体ですから、体積を求めるならば方程式も…」 珍しくすらすらと喋るキスリングに、冷や汗が走る背中を共有する女性二人は平謝りするくらいならと両手を挙げて声を揃えた。 「お二人には乙女心検定・黒帯を差し上げます!」 二人の脳天に拳が降ってきたのは言うまでもない。 やはり、変化というものは望まぬときに訪れて、望む時ほど起こらないものなのだとロイエンタールは舌打ちした。 スイーツトライアングル・バミューダ |
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