その時、書斎でソファに座ってお茶を飲んでいたは飛び上がって驚いたりはしなかった。 ただカップの表面が激しく波打つのを首を傾げて見つめただけである。 見上げるとシャンデリアが大きく揺れている。 壁際の本棚が音を立てて軋んだ。 「…………避難した方がいいかな……?」 ワンテンポ遅れてそう呟くと、大きく横に揺れる地震の中、少女は落ちてくる本を避けて書斎を出たのだった。 「これは……凄いな」 オーディンを襲った突然の中型地震から30分後、を心配して仕事を抜け出してきたラインハルトは 彼女のいた部屋を訪れて唖然としてしまった。 おそらく元は壁に作りつけの棚に整頓されていたのであろう音楽メディアが全て床に散乱している。 本よりも軽いこれらは横揺れによってひとたまりもなかったのであろう。その部屋の絨毯全てを覆い隠す程に広がっていた。 その只中に膝をついてディスクを拾い上げようと苦心しているはラインハルトを振り返って微笑む。 「御免ね、ラインハルト。すぐお茶を淹れるから」 今現在この屋敷には使用人がいない。 その為来客のもてなしから散らかった部屋の掃除まで皆この少女が自分でしなければならないのだ。 ラインハルトは軽くかぶりを振って彼女の申し出を断ると、自分も膝をついてメディアを拾い上げ始めた。 床に落ちた時の衝撃か、中身のディスクや紙が出てしまっているものも多い。 とりあえず中が入ったままのケースを選んで拾いながら隣の少女を見ると、彼女はむき出しになったディスクを適当に近くのケースに詰めている。ラインハルトは思わず眉をしかめた。 「、それは中と外合っているのか?」 「ううん。とりあえず。後でちゃんとするから……」 おそらくはラインハルトに気を使って一刻も早く体裁を整えようとしているのだろう。 しかしの気遣いはかえってラインハルトの変な部分に火をつけることになった。 彼は輝くような金髪を揺らして立ち上がると 「それでは二度手間だ! 俺が手伝うからちゃんと片付けるんだ!」 と叫んだのだ。彼女は少々驚きながらも頷く。 「え? うん? あ、ありがとう……」 「まずは中と外を一致させることからだ! 一致させたものはここ! 合うものが見つからないものはこことここ!」 「…………ラインハルト、仕事は?」 ぼそっと呟いたが既にエンジンがかかっている彼には聞こえなかったらしい。 即行動とばかりにラインハルトは散らばるディスクに飛びついた。 「念のため開いていないケースの中も確かめるんだ、!」 「は、はいっ」 「一致したものはアルファベット順に! 歌手で選ぶか作曲者で選ぶか?」 「ええと、歌手かな……?」 「ジャンル分けもきっちりしよう。棚に仕切りを作った方がいいな」 「そ、そうだね」 幼馴染の妙な迫力に押されながら頷くは、しかし次第に楽しくなってきてしまった。 いつもラインハルトに命令を受けている部下たち、その仕事場もこんななのだろうかとふと想像してしまったのだ。 部下に行うより100倍は優しい、しかし的確な指示を出し続けるラインハルトに元気よく返事をする彼女は それから2時間「ラインハルトと一緒に働く」気分を味わったのであった。 「! 元々中身が違っているとはどういうことだ!」 「ごめんなさいっ!」 「ぴしっと揃えるんだ、ぴしっと!」 「はいっ!」 2時間後に彼女が「もういい……」と思ったかどうかは定かではない。 ただいつも彼と共にいるキルヒアイスに更なる尊敬の念を抱いたことは確実だった。 その後ちっとも帰ってこないラインハルトの様子を見に来たキルヒアイスが、きびきびと指示を出すラインハルトと大きな声で返事をしているを見て「いるんだよな……自分の部屋以外だと神経質に片付けたがる人って……」と呟いたが幸いそれは二人のどちらの耳にも入らなかった。 |
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