Replica * Fantasy







野 望 編 22




Return, and return, and return, and be hatched to my cause.
―返って来い 帰って来い 還って来い 私の元へと孵って来い―





 そんな不安定な状態でも、が興奮状態に陥らなかったのは、やはり彼女の強さというべきところであるかもしれなかった。
再び、現実から逃げるように眠ってしまったは、やはり現実から眼を背けるために、眠るという選択肢を選んだのだろう。
 それが、彼女の持つ防衛本能なのだ。
心に負荷をかけるものから逃げるために、眠り、そして、都合の悪いことは忘れてしまえばいい。
頭で理解して、理性で収めてしまう部分を補うかのように、の無意識は、そのように身を守るために頑なになってしまうのだ。
自分が弱いと知っているから。
 そんなを目の前に、アンネローゼは状況の打開策を一つしか見つけることが出来なかった。


「どんなに遅くなってもいいから、今日は帰ってきて頂戴。 も待っているから。」


 なるべくそちらを向かないように仕事に没頭していたラインハルトとキルヒアイスも、そんな伝言を預かってしまったら、無視するわけにもいかない。
 予想に反して早い時間、夕方ほどにラインハルトとキルヒアイスが連れ立ってシュワルツェンの館に帰ると、出迎えたのはの無言の涙であった。


!」


 それに驚いて声をかけるも、すっかり拒否されてしまったのだと思い込んだは、咄嗟に小さな身体を翻して自室に立て篭もってしまう。
としては、所謂「見捨てられ不安」を抱えた状態でラインハルトやキルヒアイスに相対することに怯えただけだったのだろう。
 それを分かっているだけに、ラインハルトとキルヒアイスもを追い掛ける事が出来ない。


「貴方達が、良かれと思ってやったことを、どうしてそうしたかに話したことがある?」


 アンネローゼはそういう言い方で二人を諫めると、夕食の仕度もそこそこにの後を追い、その部屋へと向かった。
むろん、呼び出したラインハルトとキルヒアイスが席を外すことは許さなかった。
 部屋に入ると、は気まずそうに視線を彷徨わせ、そして最終的には、いつものようにベッドの上で膝を抱えて伏せてしまった。
静かに部屋に入れば、はゆるりと一度3人に視線を向けてから、もう一度抱えた膝に顔を埋めてしまう。
小さく微笑んでから、アンネローゼはベッドの端に腰掛けると、些か性急過ぎる程、核心から話を始めた。


「ラインハルト、ジーク。 それに、。 聞いて貰えるかしら? 私はシュワルツェンの館を出ようと思っているの。 どこかに小さな家を頂けるかしら?」


 その言葉を、咄嗟に理解できたものなど、独りもいなかった。
アンネローゼ自身は変わらずに微笑をたたえていたが、そこには揺らぐことの無い強さが存在している。
 言葉よりも先に、その表情によってそれが冗談でも何でも無いことを悟ったラインハルトは、顔色を変えて立ち上がった。
 だが、何か言う前に、アンネローゼはやんわりとそれを押さえ込んでしまう。


「私は貴方達の側に居ないほうがいいでしょう。 生き方が違うのだから。 私には過去があるだけ。 だけど、貴方達には未来がある。」


 アンネローゼは静かに微笑んで、に長い髪に手を伸ばした。
も酷く疲れている様子だったが、今はアンネローゼの言葉に目を見開いている。
それを、かつて皇帝の寵愛を独占した美貌の女性が微笑ましげに眺めている。


「ラインハルト。 それにジーク。 大切なものは、どこかにしまうだけではダメなのよ。誰にも傷つけられないように鍵を架けても、そして鍵をなくしてしまったら、貴方たちはどうするの? 鍵をかけるのは、私だけにしておきなさい。 は、側で守ってあげるべき女の子でしょう?」


 だけど、私が此処に居たら、貴方達はそれを忘れてしまうから、と。
アンネローゼはの小さな身体を二人の前に押し出す。
その言葉に、びくっと身体を萎縮させたのは、もラインハルトもキルヒアイスも同じことだった。
 は怯えたように二人の顔を交互に見上げる。
まだ、そこに居てもいいのかと、問いかけるように。
その答えを聞くことを、怯えた様子で。
 ラインハルトとキルヒアイスも、視線を彷徨わせるようにを見つめる。
此処でいいのかと。
彼女を不幸にさせないかと、伺うように。
 その様子を見ていたアンネローゼはやはり静かに微笑んで、そして座っていたベッドから立ち上がって続けた。


「疲れたら私のところへいらっしゃい。 だけどまだ、貴方達は疲れてはいけません。」


 微笑と共に、その言葉を残して、アンネローゼは部屋をあとにした。
残された三人は、戸惑うように視線を落としたが、やがて沈黙に耐え切れなくなったが、俯いて呟いた。


「――ごめんなさい。」


 それは、殆ど消え入るような小さな声で。
咽喉の奥から押し出したそれが、何を指しているのか、ラインハルトとキルヒアイスは分からなかった。
が謝らなくてはならないことなど、無いはずなのだから。
 だけど小さな少女は、俯いたまま小さく肩を震わせる。
足もとに小さな円を書くように、絨毯の色が濃くなったのを、同じように俯いたキルヒアイスが気付いた。
 は泣いているのだ。


「まだ、嫌いにならないで。 もう、置いてかないで。」


 ああ、だから。
自分達はいつだって間違えているのだ。
この、小さな少女に関しては、いつも。
 だが、それでもがラインハルトとキルヒアイスのもとに居ることを望んでくれるのならば。


「ごめん、。」
「悪かった。」


 それぞれに、わだかまる感情を飲み込んで、代わりに押し出した言葉が、結局行き着いた場所なのだから。
 数ヶ月ぶりにまともに抱きしめた体は、少し痩せてまた儚くなっていたけれど、前と同じ暖かさをもって、ラインハルトとキルヒアイスを抱き返してきた。






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2008/11/17 



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