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野 望 編 19




Return, and return, and return, and be hatched to my cause.
―返って来い 帰って来い 還って来い 私の元へと孵って来い―





 アンスバッハの死によって幕を閉じたリップシュタット戦役たったが、ラインハルトの怒りはそれで終わりはしなかった。
自分自身を傷付けられたのであれば、あるいはそれで済んだのかもしれない。
 彼の半身とも言える、とキルヒアイスが自分を庇って傷付き、そしてその総てを知覚しながらも動く事が出来なかった自分自身に、ラインハルトは怒っていたのだ。
自害したアンスバッハを、ラインハルトは苛烈を極める視線で射抜き、キルヒアイスは動かなくなった身体を無感動に見下ろした。


「ラインハルト様、医師を。」
「あぁ。」


 公式の場では、絶対に呼ばない呼び方でキルヒアイスが言ったが、ラインハルトもそれを咎めもせずに、腕の中で意識を失ったを更に強く抱きしめる。
それは、二人がどれほど怒っているのかをしめしていたし、他の将官たちの背筋に這う冷や汗と比例していただろう。
 危機は去ったにも関わらず、酷く緊迫した沈黙がその場を支配する中で、オーベルシュタインだけが平然と口を開いた。


「閣下、主犯への対処はいかがしますか?」
「主犯だと?」


 そんなものなど存在するはずがない。
ラインハルトは柳眉を跳ね上げたが、オーベルシュタインは表面上は何一つ変わらずに淡々と告げた。
 言い方こそ、ささやかながらにオブラートに包んでいたが、突き詰めて言ってしまえば、オーベルシュタインはこの機に乗じて潜在的な的を排除し、独裁権を確立してしまえということだった。
その悪辣さに、ミッターマイヤーを始めとする将官は思わず表情を厳しくしたが、キルヒアイスは冷ややかな目でオーベルシュタインを見据えただけだった。
普段であれば、謀を良しとしないラインハルトも拒否しただろうし、キルヒアイス自身も嫌悪感をあらわに反対しただろう。
 だが、が目の前で傷付けられ、それを止める事が出来なかったことで、怒りとともに動揺を隠せなかった二人は、結局オーベルシュタインの最後の一言によって、普段の冷静さを完全に見失ったのである。


「いずれ通る道です。 リヒテンラーデ公は閣下を排除する陰謀を巡らせておられる。 今先手を打たねば、またフロイライン・クロプシュトックが巻き添えを食うとも限りません。」


 オーベルシュタインは、普段ははばかりもせずにを疎んじていた。
それは「」個人に対する感情からではなく、単に軍属に無いものが元帥府を好きにうろつくことから来るものであり、また、ラインハルトのウィークポイントを公言する存在であったからである。
 したがって、オーベルシュタインがの心配をしているのでないことは、明白だった。
冷徹な参謀は、軍人、非軍人に限らず、利用できるものを利用したに過ぎない。
 それは将官たちに限らず、ラインハルトやキルヒアイスにも分かってはいたが、彼らはその言い分に乗らないわけには行かなかった。
目の前で、それが現実になった以上、次の可能性を示唆されて笑い飛ばすことなど不可能である。


「権力はそれを獲得した手段ではなく、それをいかに行使したかによって正当化されます。」


 キルヒアイスが絶対零度の微笑を持って、オーベルシュタインの策を認めると、ラインハルトを憚らせるものはもう何も無かった。


「オーベルシュタイン、メックリンガー、ルッツはガイエスブルグの警備へ。 他の者は精鋭を率いてオーディンに急行せよ。 リヒテンラーデ公クラウスを逮捕・拘禁と共に国璽を確保し、首都オーディンを制圧せよ。」


 ラインハルトの命令は、一部を除いて忠実かつ迅速に実行に移された。
唯一例外であったのはキルヒアイスで、彼はオーディンへは向かわずラインハルトと共にの側に残ったのである。
それに対し、同席にならぶ将官たちは何も言わなかった。
 ラインハルトはむろんのこと、オーベルシュタインですら何も言わなかったのだ。
事実上ナンバー2であるキルヒアイスがオーディンに向かい、国璽を確保した上で独裁者たらんとする、無いに等しい可能性を脳裏に上らせてのことであったかもしれない。
 ともあれ、通常二十日の行程を僅か十四日で踏破したローエングラム軍は、ラインハルト暗殺事件より僅か二週間で首都をも制圧したのである。






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2008/10/31 



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