Replica * Fantasy







野 望 編 12




Though what finish being said to be love to a pain has it and should die.
―痛みさえもが愛だと言い切るのなら それを抱えて死んでしまえばいいのに―





 ミッターマイヤーとシュターデンの戦いから始まったリップシュタット戦役は、貴族軍にとっては苦いものが続いていた。
 初戦を落とし、ラインハルト嫌いで有名なオフレッサーが陰謀によって命を落とすと、その勢いは目に見えて刃こぼれが生じた。
 当初、彼らの甘い幻想の中で展開された勝利への陶酔はいっこうに現実味を増さず、流石にその状況のまま同じ幻想を抱くことが困難になってきたのである。
 別働隊を指揮して辺境を平定していったキルヒアイスの存在も大きかった。じわりじわりと呼吸器官を狭められていくような圧迫感を、ガイエスブルグに立てこもった貴族達は感じていたのである。リッテンハイム侯はブラウンシュヴァイク公との確執の挙句、辺境星域奪還の名目で分派行動を起こし、結果、キルヒアイス率いる別働隊に破れ、逃げ込んだガルミッシュ要塞内で自軍の兵の自爆によって死亡してしまった。
 がようやくラインハルトに通信をよこしたのは、そんな折である。
 直接、ラインハルトの旗艦であるブリュンヒルトの艦橋に繋がれたのだ。何の前触れも無く、厳重なセキュリティを嘲笑うかの如き唐突さでもってその画面に現れたは、ごくあっさりと言い放った。


「ラインハルト、久しぶり。」
?!』


 パソコンの画面越しに振り返った久しぶりの美貌の幼馴染は、それこそあっけに取られた表情で、艦橋のディスプレイに齧りつく。


!お前、何をしているんだ!!』
「何って、ラインハルトが近くに来たみたいだから、ちょっと連絡できるかなぁって思ったの。今、忙しかったかしら?」
『そういうことを言ってるんじゃない!!』


 がしがしと綺麗な金糸に手を突っ込んで、ラインハルトは感情を宥めるように一つ呼吸を落としている。『忙しい』などと言おうものなら、は『じゃあまた後でね』と通信を切りかねない。そうしたら次は、いつ連絡が入るか分かったものではないのだ。


、何処から通信している?』
「部屋から、パソコンで。ガイエスブルグ要塞よ。多分だけれど。」
『通信手段があるなら、どうして今まで連絡してこなかったんだ!』
「通信手段があるわけじゃないの。今は、要塞の管理システムにハッキングして、少しだけ回線を混乱させてそれに乗じて通信しているだけだから。ラインハルトたちも近付いてきたから、回線を拝借する衛星の数も少なくて済むだろうし、だから試しに通信してみたのよ。実は、成功するとは思わなかったわ。」


 手段を選ばなければ、ガイエスブルグも無効化出来ると思うんだけど、と。はサラリと大変なことを口にしている。
 今まで聴いたことも無いの能力に、問いたいこともあったが、それ以上にラインハルトは変わらなさ過ぎる幼馴染に対して、苛立ちをどうにか抑えるように眉間を押さえる。
 そうではない。そんな言葉が聞きたいわけでもないし、自分が言いたい言葉もそうではないのだ。だが、上手く言葉が出てこない。


「こっちは、軍内の統制が取れなくなってきてるわ。内部崩壊も近いかも。ヒルダ様が言った通りになってるわ。」
『………………』
「今はメルカッツ提督が総指揮をとっているけど、リッテンハイム侯が亡くなってからはブラウンシュヴァイク公がとても前に出たがっているの。軍議を聞いていると、何時までまともに戦えるのか、こちらが心配になるくらいよ。」
『………………』
「それから」



 更に言い募ろうとしているを、ラインハルトは声を荒げて遮った。


『俺がそんなコトを聞きたいと言ったか?』
「………………」
『そんな、スパイごっこをするために拉致されたのか?』
「………………」
『俺が聞きたいことは一つだ。。』
「なぁに?」
『無事なんだな?』


 ようやく、豪奢な髪から手を離したラインハルトが、に触れようとするようにディスプレイに手を伸ばす。
 ディスプレイにはめ込まれたガラスの、冷たい感触がもどかしかった。
 も、それに惹かれるようにパソコンの画面に手を伸ばす。どれほど距離をはさんでいても、発展した技術は互いの美しさを過不足無くそこへ映し出していた。しかし、どれほど技術が発展していても、そのぬくもりまでは伝えてくれない。


「無事よ。ちゃんと食べてるし、眠ってる。危害も、加えられてない。」
『そうか。』
「うん。心配かけて、ごめんね?」
『無事ならいい。』


 思えば、拉致されてから随分と時間も経っている。ある程度予測は出来たことといえ、それまでには殆ど安否の確認になるような情報が無かったのだから、ラインハルトが怒るのも無理は無かった。


『いいか、。自分の身の安全だけを最優先しろ。余計なことは考えなくていい。すぐに迎えに行ってやる。』


 だから、無茶をせずに大人しくしていろと、ラインハルトは真剣な目で訴えかけてくる。が答えるべき言葉は、一つしかなかった。


「分かった。ラインハルトも気をつけてね。」


 あんまり長いと、通信回路をジャックしてるのがばれちゃうから、と。最後にはそういって、は回線を切った。
 何となく、呼吸が苦しい。声を荒げて怒られるならまだしも、自分がラインハルトにあのような表情をさせたのかと思うと、まるでとてつもない罪を犯したような気分になってしまった。


「そんなつもりじゃ、なかったの。」


 小さく呟く声は、一人では広すぎる部屋に響いた。
 こてんと、閉じたパソコンの上に顔を伏せる。自分は、やはり軽はずみな行動をしていたらしい。思えば、自身で公言したとおり、軍事にはまったくの素人なのだ。多少、他の貴族令嬢に比べて視野が広いといっても、ラインハルトやキルヒアイスのように艦隊を指揮する能力も、艦隊もには存在しないのだ。
 敵軍の中に独り。殺されてしまうにはあまりに容易い状況。その中に、楔を打ち込むことが、どれほど危険を伴うことであろうか。
 それでも、実感は伴わなかった。昔から、は望まない未来を与えられることに慣れすぎていたから。
 重い気持ちを振り切るように立ち上がり、気晴らしをする程度の気持ちで、は部屋を出た。先ほどまで、その姿を映していたのに、今は沈黙しているパソコンを見つめているには、少し辛かったから。






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2008/08/11 



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