予想はしていたし、それなりに覚悟もしていたけど、まさか出会い頭に一言も無く非紳士的な行動に出られるとは思っていなかったは、思い返してみて、思わず深い溜息を漏らした。 ラインハルトとキルヒアイスに別れを告げて、早々に急展開を迎えたは、現在、見知らぬ男に連れられて見知らぬ建物の中を歩いている。 眼が覚めたのは、どこぞの誰かが所有している船の中のようだったが、結局移動中はのもとに訪れたのは食事を届けに来る中年の女性のみで、しかも彼女はどうやら喋れない様子だった。 そこまで警戒されなくても、とは思ったが、それは行っても仕方が無いことだろう。最終的に、自分が昏倒していた時間を抜いて三週間程の船旅を終えたは、何処からとも無く現れた軍服の男に、「こちらへ」と短く言われ、無言でそれについていくことにしたのだ。 こういう場合、由緒正しい貴族のお姫様なら、可愛らしく怯えているのだろうなぁと、些かズレた思考回路になってしまうのは、あまり現実感が伴っていなかったからだろう。 毒食らわば皿まで、という有名な格言を口の中で呟いて、はおとなしく足音の主につられて歩いていくと、暫く歩いてから無駄に立派な扉の前に通された。 行き着いた部屋が何の部屋なのか、がドアを開けられるまえからなんとなく理解できたのは、ドアを叩く前から部屋の外に怒号が響いていたからだった。どうやらこの部屋は、盟主の一人であるブラウンシュヴァイク公の司令室かなにからしい。 「わしは数百万の大軍を結集し、正面から堂々とあの金髪の孺子を打ち破ってやるつもりだ。それを暗殺だと?それほどわしの名誉に泥を塗りたいか!」 を連れていた男は、ブラウンシュヴァイク公のその怒号に臆することなくその部屋に入った。もそれに続き、そしてつい一瞬前の推測を少しだけ修正した。そこはブラウンシュヴァイク公だけでなく、同盟に名を連ねる有力な貴族たちが席を並べていたのである。 の背を押すように中に入れると、男は無情にもドアをしめて行ってしまった。 「無責任ですねぇ…」 ついうっかり呟いたに、ブラウンシュヴァイク公がようやくその存在に気付き視線を向けてくる。 「何の用だ?何故ここにお前がいる?ここは女子供の来るところではないわ。」 「まぁ、ブラウンシュヴァイク公爵様、そのお言葉は同盟盟主としては監督不行き届きの極みですわ。私は、無理矢理拉致されて来ましたのに。」 あくまでやんわりとした口調で、困ったように首を傾げる。ブラウンシュヴァイク公は眉をひそめたが、それはの物言いのせいか、返答の内容のせいかは判断が難しかった。 席を連ねた他の貴族たちは、帝国の大貴族であるブラウンシュヴァイク公にさらりと言い返した少女に対し好奇の目を向けてくる。 しかし、その容姿の少女に、誰かが呟いた。 「クロプシュトック侯爵令嬢?」 「はい。なんでしょうか?」 おかしなものだ。の意志を無視して勝手に連れ出し、勝手に盟約に名を連ねておきながら、その存在に驚いている者がいる。 むろん、この時点では、は自分の名前が愛すべき幼なじみたちの敵軍の一員にされているなど、知る由もない。愛らしく首を傾げるには充分な状況が揃っていた。 盟主であるブラウンシュヴァイク公、副盟主であるリッテンハイム侯、更には軍事司令官を要請されたメルカッツに加え、半数以上の貴族達が驚きの表情を浮かべているのだから。 いつまでたっても、何故その場にがいるのかについて、おそらく説明できるであろう人物が口を開かなかったので、ブラウンシュヴァイク公は更に不快感をあらわにした。いつ怒号が飛んでもおかしくない状況の中で、だけが平然と佇んでいたが、一向に進む気配がない軍議に、仕方なく自分で説明してやる。 「私は、人質として拉致されたのではありませんの?」 「わしは数百万の大軍を結集し、正面から堂々とあの金髪の孺子を打ち破ってやるつもりだ。それを人質だと?それほどわしの名誉に泥を塗りたいか!」 「では、私 案の定、ブラウンシュヴァイク公はどこかで聞いたような言葉を吐き捨て、はせいぜい無力な令嬢が安堵の表情浮かべたように努めた。 人質ではないという言質を一応確保して、は考えながらゆっくりと会話を紡ぐ。 「私 こういう場合に、一番最もらしい言葉を、最もらしい態度で投げかけてみれば、それに対する返答は沈黙だった。 「帰していただけませんのね…」 「しかし、フロイライン。貴女は我々に組する為に来たのではないのか?」 「私 「……では、何故我らの盟約に名を連ねている?」 一つ、軽くため息をつけば並んで座った貴族達の一角から声が上がった。 あえてカンに障るような言い方で答えたに、爆弾発言を投げかけたある貴族は、手元に端末機器を開いていた。 その小さな画面には、電子文書にされた盟約が映し出されている。むろん、それには名前が明記されており、そこにはの名前も連なっていた。 「私 「少なくとも、『・フォン・クロプシュトック』と書かれている。ご自分の名前をお忘れか?その歳で耄録とは、嘆かわしいぞ。」 先程の、の安っぽい喧嘩がそれほど気に食わなかったのか、彼は鼻で笑って答える。対するは、安っぽい喧嘩は売ることはあっても買う必要を知らなかった。それでも受けた驚愕を綺麗に受け流して、とりあえずおきさる。 「まぁ!『・フォン・クロプシュトック』が、帝国に二人も居るとは存知ませんでしたわ!」 表面上は飄々と笑いかける。さらりと切り替えされて、相手のこめかみがひくついたが、は綺麗に無視を決め込んだ。 そして、部屋の中の貴族達を一瞥すると、最後に盟主に視線合わせて、静かに問い掛ける。 「よろしいでしょう。その『』が私 誰も答える者はいない。 あるものは訝しげに周囲を伺い、あるものは興味も関心もなさそうに目を閉じ、そしてある者は俯いていた。 「では、私 同じく、答える者はいない。 というよりも、穏やかに首を傾げる少女に反比例して、どんどん不機嫌になっていく盟主をまえにして、答えられないのだ。 「まぁ、自由参加推奨ですの?盟約なら、電子文書の他に直筆のサインもあるかと思いますが、お借りして筆跡鑑定をしてもよろしい?」 「それで、お前を拉致した相手を見つけて、どうするつもりだ?」 「どうもしませんわ。私 今に始まったことではないが、扱い辛い娘だ、と、ブラウンシュヴァイク公は眉をしかめた。初めてこの娘を見たときからそれは変わることのない印象であり、ブラウンシュヴァイク公にとっては、それが事実であった。 「公爵様?」 「何だ?」 「実は公爵様のお名前で、数日前からクロプシュトック家に盟約への参加要請がありましたの。私 僅かに言い淀み、苦笑を浮かべたに対して、ブラウンシュヴァイク公も同じく当たりを一瞥し、吐き捨てる様に答えた。 「わしが、自分の屋敷を爆破した反逆者の孫を仲間に引き入れると思うか?この手でお前以外の一族郎党に制裁を加えたわしに、お前が組するとも思わん。いつ寝首をかかれるか分かったものではないわ。」 「どうやら皆様同じ見解ではないようですのね。」 やんわりと盟主の言葉を肯定し、は柔らかく笑った。 どうやら、この盟主は馬鹿ではないらしい。のとろけるような微笑の中で、口元だけが暗く歪む。しかしそれに気付いた者は誰一人としていなかった。 だが、これで自身を含めて、クロプシュトックがこの内戦において貴族軍に受け入れられないことは、後先考えずにを拉致した張本人にも理解できただろう。 「それで、私 ごく真っ当な質問をしてみれば、ブラウンシュヴァイク公は酷く苦い顔をしてをみやり、舌打ちをせんばかりの勢いで答えた。 「好きにすればいい。」 「それでは、望めば帰していただけますの?」 「それは出来ん。出て行った所でお前は愛しい孺子どもに撃ち落とされるぞ。それがわかっていて自軍を出す馬鹿がどこにいる。」 でも、事前に連絡を入れれば、きっとラインハルトとジークは絶対無抵抗で受け入れると思います、とは、は言わなかった。 せめてブラウンシュヴァイク公が、貴族に共通する歪んだフィルターを外して物事を見ることが出来るなら、もう少しとラインハルトとキルヒアイスの何とも言い難い関係を利用することも出来ただろう。 だが、人生の半分以上を無意味な選民意識と誇りの中で生きて来たのだから、今更変えようがないのも無理はない。逆になどは、短い人生の半分以上を彼らと同じ世界で生きているが、残る半分ほどの幼少期には下町で育っているせいか、一向に染まる気配は見られない。三つ子の魂百まで、とは、よくいったものだ。 「では、ガイエスブルグ要塞を拠点とするリップシュタット同盟において、私 賓客扱いともなれば、その存在に危害を加えることも拘束することも許されない。 ごくあっさりと、は身柄の安全性と行動の自由を確保して、おとなしく用意された部屋へと戻っていった。 |
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