Replica * Fantasy







野 望 編 01




Surely I think the last to return to here.
―きっと最後は此処に帰ってくると思う―





イゼルローン要塞で行われる捕虜交換式のため、帝国軍の軍部代表者としてキルヒアイスが選ばれたのは、当然と言えば当然のことであったが、そこに何故が着いてくるのかと問われると、誰もが首を傾げていた。


「だって、ジークは上級大将なのに、いつまでたっても従卒をつけないじゃない。それじゃあ他の提督さんたちも身の回りのお世話をする子を付け辛いでしょう?だから、ジークが何でも一人で出来る人でも、一人くらいそういうお世話をする人がいてもいいかなって思って。」
、だからと言って軍属ではない、貴族令嬢の君がするべきことじゃないだろう?」


キルヒアイスは深紅の頭を抱えそうになるのをどうにか堪えてこんこんと聡そうとしていたが、はものともせずに反論してくる。


「まぁ、それじゃあ私が日常的に元帥府にいることが、そもそもおかしいことだわ。私は軍属じゃないもの。」


そう言われると、実はキルヒアイスもラインハルトも返す言葉がない。
様々なバックグラウンドの影響で、は貴族階級の中では異質な存在であった。
しかもその見目を引く容姿もあって、物好きな若い貴族からは言い寄られ、保守的な老貴族からは疎まれるという、旧時代の遺物に板挟みにされているを、ラインハルトとキルヒアイスは過保護なまでに守ろうとしているのだ。
当の本人はと言えば、それに気付いているのかいないのか、常に3センチばかり地面から浮いているような印象ばかりでよく分からない。
だからこそと言うべきなのか、ラインハルトもキルヒアイスも常に自分達のどちらかのもとへおこうとしており、しかもそれに関してはあからさまなくらいに特権の行使を厭わないのだ。
の方も、生家に連れ戻されてからは親しい者もなく過ごしてきた時間が長かったため、ようやく再会した幼馴染みと居られる方が嬉しかったので、特に何も言わずにいたのだが、さすがにいつまでもそういう訳にはいかないことに気付いたらしい。


「働かざるもの食う可からずなのよ、ジーク。」
「別に、は軍に食わせて貰っているわけでもないだろう?」


およそ貴族令嬢とも思えない言葉を大真面目にが言えば、今度はキルヒアイスがげんなりと答える。
ふぅっと一つため息をついて、キルヒアイスは真正面からを見据えた。


。」
「なぁに、ジーク。」
「怒らないからどうして無断で着いて来たのか言いなさい。」
「だから、ジークの」
「僕の従卒としてなら、ちゃんとラインハルトの様の許可は取っているんだろう?」
「……………」
「まさか、誰にも何も言わずに来たなんてことはないね?」
「心配しないでって置き手紙は、置いてきたよ?」


言い訳がましい言葉に、キルヒアイスはあからさまにため息をついた。
それに比例して、は小さな肩を竦める。
きっとラインハルトは今頃、何時もならコーヒーをいれに来るはずのが現れないせいで、全力でその行方を探しているに違いない。


「とりあえず、先ずは通信を入れるとして。」
「そこまで心配してるかな?」


まるで人事のようなの言葉に、またもキルヒアイスはため息を重ねた。
その重さに、ひやりと背筋に冷たいものを感じたのは、よりも寧ろ彼の配下であるコルネリアス・ルッツとアウグスト・ザムエル・ワーレンの両名だったろう。
数多の戦場を駆け抜けてきた二人は、この場の空気がの一言事に圧力がかかっているかの如く、重みを増してのしかかって来るのを自覚していた。
叶うなら、に素直に謝ってくれと言いたいところであるが、自分達が口を挟んでも赤毛の上司は笑って退けるだけだろうと、結果が目に見えている。


「私、思うんだけど、ジークとラインハルトは少し心配性じゃない?」


のんびりと、キルヒアイスを見上げながら、は呟いてみると、キルヒアイスはそれはそれは爽やかに笑って答えた。


「妹を持つ人なら、大抵はこんなものだとおもうけど?とくに、眼を離すとすぐにどこかへ行ってしまう妹には、しっかりお目付け役が必要だろう?」
「そんなこと言っても、私はどこにも行かないじゃない。」


 不満そうに、むっつりと答えれば、その一言にキルヒアイスの纏う雰囲気が一転した。
ルッツとワーレンが思わず顔色を変えたのに対し、は相変わらずのんびりとキルヒアイスを見上げただけで。
 その雰囲気に気付かないはずも無いのに、には怯む様子が無い。


「聞き捨てなら無いな、。9年前に君が居なくなってしまったときに、僕らがどれだけ心配したと思ったんだい?」


キルヒアイスの射抜くような視線は、女性どころか男性でさえも大半はすくませることができるだろう。
現に、頭から押し潰すような威圧感に、ルッツとワーレンは「そこまでしなくても」と、その表情が語っている。
しかしは泰然としてそれを受け止めていた。


「わたし、その時無断で出て行った?」


 問いかけるというよりは、確認するような口調で、は問いかける。
その表情は、純粋な疑問と、少し含むところとが、ない交ぜになった表情だった。


「お母様が亡くなったから、実家に帰ることになったって、言わなかった?」


口調は穏やかだが、それを口にするの視線は、キルヒアイスに匹敵するほど穏やかならざる光が灯っている。
 彼女も、怒っているのだと、キルヒアイスは直感した。


「ジークとラインハルトは行ってしまったのに、私だけどこにも行ってはいけないの?」
、僕はそういうことを言っているんじゃない」
「じゃあどういうこと?私は自分の意志が及ぶ範囲では、無断でどこへも行かないと言っているのよ。それを信じてはくれないの?私、ジークとラインハルトのお人形さんじゃないのよ?」


 が言い募れば、キルヒアイスは深々と溜息を吐いた。
もちろん、の言い分は間違っていない。
 普段、あまり感情的にならないが、ここまで怒気を発していることにキルヒアイスは驚いたが、だが、それにつられるようなことが無かったのは、彼の人格のなせる業だろう。
 キルヒアイスは、が落ち着くのを待ってから、幾分か口調を和らげて応じた。
両手で、の顔を挟んで、見据える。


「そうだね、僕らはを、ただ着飾らせて側に置いておきたいだけなのかもしれない。とても、大事だから。」
「――ジーク、ごめんなさい。」


穏やかに言い聞かせてくる声は、否が応でも気分が静まってくる。
も、自分が思っていたよりも酷い、それに対するトラウマを自覚してしまったようで、取り乱した自分自身にも困惑している様子だった。


「僕らはお互いに置いていくのも、置いていかれるのも、どんな気持ちになるか知っているはずだね。」
「うん。もう、いや。」
「それなら、今ラインハルト様がどんな気持ちになっているか、想像がつくはずだね?」
「うん。」


どうやら、親しい人が側からいなくなる、ということに対して敏感になっているのは、自分だけではないらしいと、はこのとき初めて思い至ったらしい。
それは、どこかで、昔の離別に対して自分が「置いていかれた」と感じていたからかも知れないし、ただ単に、常ににとって「兄」であり、大きな存在であった二人が、まさかちっぽけな小娘の自分と同じように考えるわけが無いと思っていたからかもしれない。


「ラインハルト、ごめんなさい。」


素直に非を認めたの口からは、やはり素直に謝罪の言葉が滑り落ちた。
しかし、悲しいかな、光年単位で距離をはさんでいては、呟いた言葉が届くはずも無い。
キルヒアイスは苦笑を浮かべると、を艦橋へ促して言った。


「まずは、ラインハルト様に通信を入れようね。」
「うん。怒ってるかな?」
「かもしれないね。」


 少し複雑そうにが呟けば、キルヒアイスは同じく複雑そうに笑って答えた。
ちゃんと反省した子どもに向かって、「もちろん、怒っているだろうね」とはいえなかったのだ。
怒っているということはすなわち、お説教が待っているということだ。
 案の定、通信を入れるとラインハルトは飛びつくように画面に現れ、安堵の表情を見せた後はこんこんとお説教を始めた。
 キルヒアイスとまるで同じことを言うラインハルトに、は半ば上の空であったものの、ここでそれを態度に出すことが自殺行為であるという判断くらいは出来たようで、終始神妙な態度でラインハルトの小言を聞いていた。


「仕方がない、今更戻れとも言えないしな。キルヒアイスが一緒なら、滅多なことも無いだろう。」
「えぇ、ちゃんと連れて帰りますから、ご心配には及びません。」


ようやく気が済んだのか、ラインハルトが盛大な溜息と共にそう呟いたのは、実に通信をかけてから一時間半ほども経った頃だった。
流石にキルヒアイスも割って入ろうかと様子を伺い出したようで、すぐさまラインハルトに応じる。
やっと終わりかと、も密かに溜息をつけば、ラインハルトは思い出したかのように問いかけてきた。


「そういえばは、何だって捕虜交換式なんかに紛れ込んだんだ?」


 まさにそれを問いただそうとしていたキルヒアイスも、思い出したようにを見やる。
は少しだけ、視線を泳がせてから背後のキルヒアイスを振り返り、もう一度ラインハルトを見ると、少し躊躇いがちに呟いた。


「怒らない?」
「今散々怒ったからな。」


画面の中で、ラインハルトは希代の美貌を仏頂面に、は恐る恐るといった雰囲気で見つめる。
 光年単位で距離を挟んでいても、十分すぎるほどに発展した文明は、二人の美貌を少しも損なうことなく相手に映し出す。
 は少し顔に掛かった髪を掻き揚げてから、やはり躊躇いがちに答えたが、キルヒアイスはそんなの「理由」を聞いて、幼馴染であり上官であり、無二の親友である若い覇者のこめかみが引くつくのを、確かに確認していた。


「あのね、ラインハルトを負かしたヤン・ウェンリー提督に、会ってみたかったの。」


無邪気に答えるの上に、再び小言の嵐が降りかかったのは無理も無かった。






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2007/11/10 



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