Replica * Fantasy







黎 明 編 04




Boys will be out running and reaching for the light, dear... please find me early.
― 彼らは光に手を伸ばしながら走る 早く私を見つけてね ―





 どうでもいいような相手、例えばその見かけや、財産に惹かれて寄ってくるような相手であれば、は別に好き放題に言わせておいただろう。
実害が無ければ、虚像など、好きに歩かせておけばいいのだから。
 だが、残念なことに、オーベルシュタインはそういう人間ではないだろう。
彼の義眼が映しているのはその容姿でも財産でもなく、その中に秘めた能力の高さなのだから。
 その能力を生かすが為の容姿であり、財産であるなら、オーベルシュタインもそれを評価のうちに入れるに吝かでもないだろうが、後者の二つは単体では彼にとっては何の意味も無かったのである。
 だから、オーベルシュタインはを軽視できず、もオーベルシュタインにただ言わせておくことが出来なかったのだ。
 ただ、無機質な光を宿した男の視線は、柔らかく微笑んだままの少女を突き刺す。
だがそれは、を傷つけることなど微塵も出来なかった。
 の微笑の中で、ただ一つ微笑んでいない血のような眼が、まるで自分の義眼の回路さえも侵蝕してくるような錯覚を覚えそうになる。
 無論、その空気の異常さを、キルヒアイスも敏感に察していた。
 気圧されている、と。
キルヒアイスは背筋を伝う冷たい汗と共にを見つめる。


「キルヒアイス、明日…」


 不意に扉が開き、部屋の空気と共にその沈黙を破ったのは、ようやく堅苦しい式典から解放されたらしいラインハルトだった。
 キルヒアイスしかいないと思っていたらしいラインハルトは彼の他にもう一人愛しい幼馴染と、見かけない青白い顔の男に気付いて声を止めたが、ラインハルトが見慣れる男に誰何の声をかける前に、オーベルシュタインは敬礼して名乗り、型どおりの祝辞を述べると早々に退出していってしまった。
 無論、キルヒアイスにもにもオーベルシュタインを止める理由は無いし、ラインハルトと直接対決させる気も無い。
 オーベルシュタインが去ったあと、ラインハルトはややむくれたように秀麗な顔の中で眉間を寄せ、を見下ろして言った。


。お前キルヒアイスの方には顔を出すというのに、俺の式典に出ないのはどういう了見だ?」


 その言い方が何だかおかしくて、キルヒアイスは思わず二人の幼馴染から視線を逸らした。
元帥としても、年齢相応の青年としても、些か子供じみたその不満にうっかり噴出してしまったが、子供の頃には良く見られた光景だった。
 どうしてもは、ラインハルトよりもキルヒアイスを優先しているような節が見られる。
 それは、過ごした時間の長さを考えるのであれば当然のこととも言えるが、ラインハルトは頭ではそれを理解していても、どうも感情がそれを拒んでいるのである。
 幼い日、キルヒアイスはラインハルトとアンネローゼに近付こうと必死になったことがあったが、ラインハルとはキルヒアイスとに近付こうと必死になっているのかも知れない。
 だからこそキルヒアイスは口元に笑みを刻むが、はまるでラインハルトに張り合うように小さく唇を突き出して反論した。


「あら、ちゃんと顔は出したじゃない。ジークの方だって、式典には出ていないわ。終わってから来たんだもの。それに、私のお祝いを突っぱねたのはラインハルトの方じゃないの。」
「なんだと?俺が皇帝の薔薇なんぞ貰って喜ぶと思うほうが悪い!」
「なによ!オーベルシュタイン大佐は喜んでくれたもの!」
「なんでオーベルシュタインが此処で出てくるんだ?」


 というか、誰なんだそれは、と。
 訳が分からないといった様子で一瞬勢いが衰えたラインハルトに、はキルヒアイスの方に向き直って一度渡した白い薔薇に手を伸ばしながら続けた。


「さっきまで此処にいたでしょう?ラインハルトは要らないみたいだったから、代わりに差し上げたの。」
「まあ、厳密には喜んでるって感じじゃなかったけれどね。」


 さらりと応えたに、キルヒアイスがぼそりと苦笑と共に呟く。
が、ラインハルトにはそのどちらも聞こえていなかったようだ。
 何だか非常に複雑そうな顔をして、キルヒアイスの手からが奪った薔薇を見つめ返している。
 多分、薔薇の製作者に対する憎しみを差し置いても、ラインハルトはそれを受け取るべきだったと僅かながらに後悔しているのだ。
 何より、がラインハルトのために用意したものだったから。
にはそれほど重きを置いた薔薇ではなくても、ラインハルトやキルヒアイスにとっては充分に特別といえるのだろう。
 そんなことなど思いも及ばないは、キルヒアイスに渡した薔薇から、それに結んだ紅いリボンだけをするりと解いて無造作に自分の髪に絡める。
 精巧な巧緻の髪飾りよりよっぽど似合うな、と。
ラインハルトとキルヒアイスは同時に思った。
 自然と口元に笑みが滲んだことに気付いて、苦笑とも着かない視線が行きかう。
何となくその空気に気付いたも突き出した唇を引っ込めて弓なりに撓らせれば、もうそれだけで空気が和んだ。


「ところで、今日はクロプシュトック邸に帰るのかい?」


 不意にキルヒアイスがの髪に結ばれたリボンを解きなが問いかけた。
「あ」とささやかな非難の声を上げつつ、はそれを取り返そうとしたが、如何せん身長差がありすぎる。
手を上げられてしまえば、に届くはずも無い。
 僕らは今日は来客用の館の泊まることになっているけれど、と、言いながら。
キルヒアイスはひらひらと、が届くか届かないかぎりぎりの所でリボンを足らして笑っている。
 はむきになって取り戻そうと手を伸ばしているが、触れたかと思えば遠ざかるのでちっともその手には届かない。
 まるで猫じゃらしで子猫と遊んでいるようだ、と。
ラインハルトが思えば、キルヒアイスは今度は彼にリボンを渡してくる。
 同じ様にひらひらと紅いそれを揺らしながら、ラインハルトは続けた。


「明日、姉上と会う。お前達も来るだろう?」
「私が同行してもよろしいのですか?」
「なにを今更遠慮している。俺達は家族だぞ。、お前も来るだろう?」


 はてさて、は遊ばれていることに何時になったら気付くのだろうかと、浮かべていた笑みが微笑から苦笑へ変わったところで、はようやくそれに気付いたらしい。
 両手を下ろしてむっつりと二人を睨んだ。


「残念ですけれど。」
「何だ、来ないのか?」


 にとっても、アンネローゼは大好きな姉のようなものだ。
拒むはずなど無いと思っていたラインハルトは意外そうな声を上げ、その拍子にうっかり止まった手を見逃さなかったには、ようやくリボンを取り返しすと、今までからかわれていたことなど無かったことにしたかのように澄まして続けた。


「来ないも何も、私は今日、アンネローゼ姉様のところに泊めてもらう約束だもの。『きっとラインハルトはジークを連れて訪ねてくれるから、貴方も泊まっていきなさいな』って、アンネローゼ姉様にもうお誘い頂いているわ。」


 きゅっ、と。
今度はうなじの辺りから通してつむじで器用にリボンを結んだは、勝ち誇ったようにラインハルトとキルヒアイスに微笑む。
 一瞬顔を見合わせたラインハルトは小さく肩をすくめ、そしてキルヒアイスは左右の両手を肩の辺りまで上げて、「参りました」と無条件降伏を申し入れたのだった。






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2009/03/30 



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