悪びれないは無邪気に笑って答える。 そしてまた、オーベルシュタインの方を向くと、まじまじとその目を見つめてきた。 「――光コンピューターを組み込んであって、おかげで全く不自由せずに済んでいます。寿命が短いのが難点ですが。」 「光コンピューターですか…。」 キルヒアイスの目に、オーベルシュタインがやや困惑したように映ったのは、一瞬だった。 対しては、憧れの何かを見つめるように、うっとりとオーベルシュタインの目に魅入っている。 魅入られている方としては非常に居心地が悪かった。 もともと、オーベルシュタインの容貌と性格を考えれば、女性は大抵その存在を忌避するのだ。 義眼ともなればなお更である。 だからオーベルシュタインとしても、の反応は大いに新鮮であると同時に、対処に困るものだった。 だから彼は、僅かに考えた末にその存在を無いものとして考えることにした。 幸い、というべきか、同様にの反応に気まずさを覚えているらしいキルヒアイスが、「戦傷を受けられたのですか?」と、義眼について問いかけてもいる。 「いや、生来のものです。」 答えて、オーベルシュタインは完全にから視線をキルヒアイスに映した。 真っ向から、異様な光彩を放つ義眼に相対したキルヒアイスは、とてもそれをのように憧れを持って見つめ返すことなど出来なかったが、むしろある意味ではそれが正常な態度でもあるのだろう。 キルヒアイスはオーベルシュタインについて、その人物像を知るところには無かったが、それでも彼の言動にも表情にも、好意的な感情を持つことなど出来なかった。 キルヒアイスのそうした表情下の感情を敏感に察したオーベルシュタインは、ふと口元に笑みを刻みそうになって、それをとどめた。 「もし私がルドルフ大帝の時代に生まれていたら、"劣悪遺伝子排除法"に引っかかって処分されていたでしょうな。」 そして、彼はキルヒアイスに向かって、試すような言動を投げつける。 その反応によっては、オーベルシュタインはキルヒアイスと、その背後に存在する若すぎる元帥の真の意図を測ろうとしているのかもしれない。 否、あるいはその段階は既に過ぎ去っており、唯単に信憑性を測っているに過ぎないのかも知れないが。 果たしてキルヒアイスの反応は、そうした意図を読み取る前に、息を飲んでいた。 それが、『偉大なるルドルフ大帝を批判した』ことに対するものなのか、『偉大なるルドルフ大帝を批判することを躊躇わない存在が他にも存在した』ことに対するものなのか、その間で会話に耳を欹てていたには判断が出来なかった。 だが、オーベルシュタインはそれ以上『偉大なるルドルフ大帝』についても、自身の義眼についても語る意思はないようで、ふと話題を逸らす。 「貴官はよい上司をお持ちだ、キルヒアイス大佐。」 いよいよ本題に入ったのか、と。 キルヒアイスは思わざるをえなかった。 キルヒアイスとにとっては、ラインハルトの才覚も人格も言われるまでも無いことであるが、それでもその真実を知る人は少なく、認めるものは更に少ないはずである。 まして、味方と呼べる人間が極端に少ないこの状況では、オーベルシュタインの言葉を真に受けるわけには行かないのだ。 そうした事情があまりよく分かっていないのか、は微笑を浮かべているが、キルヒアイスはそれほど呑気に考えてはいられなかった。 いっそ白々しいほどにラインハルトを評価して見せたオーベルシュタインは、しかし最後に一言付け加えることも忘れなかった。 「しかし、よもや軍人のみならず貴族令嬢もの才覚を生かせる方であったとは、知りませんでした。」 現在の帝国貴族に中に、使えるほどの才覚をお持ちのご令嬢も至って少ない例でしょうが、と。 さすがに、そこまで言われてしまうとキルヒアイスとて、いまいち掴みどころがない相手が、自分の一番大切な二つの存在を揶揄していることにも気付く。 反射的に言い返しそうになったキルヒアイスは、しかしの手によってやんわりと押しとどめられてしまった。 「ローエングラム伯は、規格外品がお好きなのですよ。大衆向けの模範品はどれも同じですもの、きっと飽きてしまわれるんです。」 「ほう…」 本当にそれだけなのか、と、問いたげなオーベルシュタインに、は何てこと無いと答えるようにキルヒアイスのほうへ向く。 そして、何か言いたげなキルヒアイスの身体を押し返すように右手で触れて、オーベルシュタインに愛らしい微笑を向けた。 キルヒアイスはほとんど表情が変わらないオーベルシュタインを、読めない相手だと感じたが、おっとりとした微笑しか浮かべないの方こそ、侮れない相手だと、オーベルシュタインは感じていた。 ラインハルトと懇意であるという点を差し引いても、普通なら気味悪がる義眼を綺麗だと評したことといい、どうもオーベルシュタインが『普通の貴族令嬢』と認識しているカテゴリーには収まらない娘のようである。 確かには、貴族令嬢というラベルと張られたカテゴリーの中では、 冷ややかに見下ろすオーベルシュタインの義眼を、はにっこりと微笑んで見つめ返した。 「私と、ローエングラム伯の関係が気になりますの?」 愛らしい微笑は、年齢相応のものだ。 しかしその会話の裏に、『模範品の貴族』がするように、言葉以上の駆け引きが含まれているのかどうか、オーベルシュタインには分からなかった。 基本的に、貴族というモノについて偏見と嫌悪しか持っていないオーベルシュタインは、だからのこともお気楽な貴族令嬢として最初から侮蔑の対象であったのだろう。 『模範品』とか『規格外品』とか、そういった領域を超えた上でその認識を改める必要があるかどうか、彼にはまだ判断がつかない。 答えないまま、自分を熱の無い義眼で見下ろしてくる相手に対し、は胸元を飾った赤い薔薇を手にとって、それをオーベルシュタインに差し出した。 「――フロイライン、これは?」 「薔薇です。差し上げますわ。今夜の記念に。本当はローエングラム伯の昇進のお祝いにと陛下におねだりしたんですけど、お気に召していただけなかったようなので。」 は、恐ろしいことを簡単に言う。 オーベルシュタインは眉を顰めて思ったが、ほとんど同じことを思ったキルヒアイスも、酷く表現し難い表情でを見つめた。 しかし、当の本人は楽しそうに笑って、手に持っていたほうの白い薔薇を、今度はキルヒアイスにも差し出したのだ。 「キルヒアイス大佐にも、差し上げます。将官位へのお祝いに。此方はグリューネワルト伯爵夫人に頂いたんですよ。」 それぞれに対の薔薇を握らされた二人の男は、一瞬だけ視線を合わせると、次の瞬間には互いに酷く不快そうに視線を逸らした。 どちらの眼にも、薔薇をもつ自分の姿が、見目麗しく映るとは思わなかったのだろう。 両者のその表情を、呑気に面白いと思ったのはだけだっただろう。 のらりくらりとしながらも、が巧みに自分の問いから逃げていることに気付いたオーベルシュタインは、受け取った薔薇を奇妙な表情で見つめながらも、交互ににも視線を向ける。 異様な光彩を放つその義眼に見据えられたは、臆することなく微笑むだけだ。 これ以上は、どうやら答えを望むことは出来ないだろうと判断したオーベルシュタインは、とりあえず薔薇の礼をすべきかと口を開きかけたが、それはの鈴のような声によって阻まれてしまった。 「ラインハルトは、変わったものが好きなんですよ。」 「!」 それは、先ほどと同じ言葉だった。 しかし、主語を示す人間を指す言葉は、形式的なものからより私的な呼び方へと変化している。 無論、オーベルシュタインがそれに気付かないはずも無く、何のつもりかと驚いたキルヒアイスはを咎めるように、反射的にその名を呼んでいた。 しかし、反射的であったがゆえに、彼もまた形式的な呼び名ではなく、普段プライベートで呼んでいる愛称で呼んでしまい、墓穴を掘ったことに軽く舌打ちをする。 しかしは、その程度のことでは動じなかった。 全く以って友好的とはいえない視線を向けてくるオーベルシュタインに対し、相変わらず人形のように愛らしい微笑を浮かべて続ける。 「ですから、一癖二癖どころか七癖八癖…というよりも、癖ばっかりで構成されているようなオーベルシュタイン大佐も、きっとラインハルトのような人でなきゃ、使えないと思います。」 お気楽な貴族出身の上の方や軍規で貴方の手綱など、取れないでしょう?と。 は間接的にオーベルシュタインの上司と、自分を含む貴族出身者の両方を笑った。 オーベルシュタインとしては、思わぬところから出たとは言え、それが正確な事実であることを自覚しているがゆえに、咄嗟にの言葉に反論できなかった。 対してキルヒアイスは思わず噴出しそうになり、それをひっそりと堪えるのに神経の七割を動員する羽目になっている。 しかしは自分が投げ込んだ布石に意味など、まるで分かっていないように、至ってのんびりと微笑んだままだった。 あるいは、この程度では何も変わりようが無いということや、自分の言動の破壊力を知った上で、ただ言葉遊びを楽しんでいるだけなのかもしれないのだけれど。 「進退窮まったら、軍をお辞めになる前にローエングラム元帥をお尋ねすることを、ご助言しておきますわ。一声いただければ、紹介状も書きましてよ。」 「――貴女は、よほどローエングラム伯とご懇意のようだな、フロイライン。」 「貴方よりは、親しい間柄だと思います、オーベルシュタイン大佐。それこそ、紹介状を書ける程度には、ですけれど。」 相変わらずの微笑みは、丹精込めて作り上げられた人形のように愛らしい。 しかしその笑みは一秒ごとにくるくると含む意味を変えていく。 最後の一言に付随してきた微笑は今までの無邪気なそれとは何処か違うような気がして、オーベルシュタインは反射的に何か言いかけたが、その声は更にが発した嫌味とも皮肉とも、あるいは言葉の通りの本心かも分からない言葉によって飲み込まされてしまった。 「貴官も、よい上司をお持ちになれることをお祈りしておりますわ、オーベルシュタイン大佐。」 今の言葉は、最大級の嫌味のつもりなのだろうな、と。 オーベルシュタインは無表情の皮膚の一枚下で、そう思った。 |
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