Replica * Fantasy







星を砕く者編 25




I do not still know the art which changes it into hope at the just slight distance to despair 07
―絶望までのほんの僅かな道のりで それを希望にかえる術を僕はまだ知らない―





「「!」」
「ラインハルト!ジーク!」


 感動の再会は、ほんの一瞬だった。アンネローゼの居館まで、あと百メートルほどかというその距離を、ほぼ全力疾走で詰めてきたラインハルトとキルヒアイスに、それぞれ抱きしめられる。
 が彼らの無事を喜ぶより早く、続けて振ってきたのはお説教だった。


、あれを書いたのはお前か?」
「あれ?もしかして、『残念でした』のこと?ラインハルトとジークは、あのお館に行ったの?」


 しかしは怒られたことが分かっていないのか、よく分かったねぇと、感心するだけだ。
彼女にしてみれば、誘拐犯が誰であろうと「思い通りにはならないわよ」という意思表示をしてみただけなのだが、まさかラインハルトやキルヒアイスの方が先にあれを見ることになるとは、思ってもいなかったらしい。
そのマイペース加減には、今日一日行動を共にしたマグダレーナも、思わず苦笑を浮かべる。


「良かったじゃないの。可愛いお姫様が無事に帰ってきて。少しは可愛いおばさまの心配もしてくれると嬉しいけれど。」


 マグダレーナが艶やかに笑い、ラインハルトとキルヒアイスは慌てて紳士の態度でそれに応じた。


「これは、ヴェストパーレ男爵夫人。ご無事で何よりです。」
「このたびは、巻き込んでしまって大変申し訳ありませんでした。」
「そうね、詳しいことは中で聞かせていただくわ。それより私、疲れてしまったの。エスコートを頼めるかしら?」


 そう言って差し出された手を、無論キルヒアイスは拒まなかった。かねてから、マグダレーナはキルヒアイスに無意味とは思えぬ視線を投げかけており、キルヒアイスはそれを、常に内心では冷や汗を流しながらやり過ごしているのだが、今回ばかりは仕方がない。それを見て、一瞬顔を見合わせてから、ラインハルトとはくすりと笑みを交わしてその後に続いた。菩提樹の館に近付けば、テラスではアンネローゼが安堵の表情と共に四人を迎えてくれた。
 アンネローゼは酷く申し訳なさそうにとマグダレーナを迎えたが、少なくとも詳細な事情を知らないマグダレーナは、アンネローゼを抱きしめて「無事でよかったわ」とだけ言い、も微笑んで「ただいま、姉様」とだけ応えた。
 結局、一連の騒動がベーネミュンデ侯爵夫人シュザンナに端を発する陰謀だと説明すると、マグダレーナは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、既に裁判も終わっていると続けられ、それもどうにか飲み込むように宥めた。
そしてはといえば、特に無反応でアンネローゼの入れた蜂蜜入りのミルクを啜っている。彼女の中では、終わったことはどうでもいいとでも言うように。それよりも、は今、つかれきった体に襲ってくる睡魔と闘うほうが重要だったようで。
彼女のお気に入りの椅子で膝を抱えてミルクカップを握っていたが、次第にこっくりこっくりと船を漕ぎ出したのに気付いたラインハルトとキルヒアイスは、少しだけ微笑んだ。


「では、そろそろ私たちは失礼します。姉上、とヴェストパーレ男爵夫人をよろしくお願いします。」
「ええ。分かったわ。」
「男爵夫人も、ごゆっくりお休みになってください。」
「そうね。貴方が慰めてくれないのが残念だわ。」


 マグダレーナに一礼してから、ごく当然のようにを抱え上げるキルヒアイスに、マグダレーナは面白そうに笑う。それを、苦笑で誤魔化して、キルヒアイスはを彼女の為に用意した部屋へと運んでいった。それを追う様に、ラインハルトが部屋を出て行く。
 二人の背中を見送ってから、マグダレーナはやはり面白そうに咽喉の奥で笑った。


「面白いわね、アンネローゼ。」
「そうですか?私は、危なっかしくていつもはらはらさせられますのよ。」


 困ったように笑って、アンネローゼはおっとりとマグダレーナに答える。とくには、女の子なのに危ないことに巻き込まれてばかりだわ、と。そう続ければ、マグダレーナは呆れたように肩をすくめた。


なら、貴方が思っているよりずっと逞しいから大丈夫よ。」
「逞しいと言っても…マグダレーナ様?」


 出来れば、今日一日のの武勇伝を残らず見せてやりたいところだ。しかし、残念ながら記録にとってあるわけでもない。マグダレーナは少しだけ身を乗り出すと、今日一日のことを事細かにアンネローゼに語ったのである。






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2008/05/02



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