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星を砕く者編 22




I do not still know the art which changes it into hope at the just slight distance to despair 04
―絶望までのほんの僅かな道のりで それを希望にかえる術を僕はまだ知らない―





 奇妙にねじれた姿で床に倒れ伏す女性の姿を、ラインハルトは無感動に見下ろしていた。かつて皇帝の寵愛を独占し、今日に至っては宮廷内を憎悪で満たした女性、ベーネミュンデ侯爵夫人シュザンナが、舞台から姿を消したのだ。これで、少なくとも幾度も繰り返されたラインハルトへの殺害計画はもう繰り返されることは無く、アンネローゼに迫っていた危機も永遠に回避される。
 しかし、それでもラインハルトが完全に安堵の溜息をつくには、まだ早すぎた。昨晩、ラインハルトとアンネローゼの車が襲撃されたと同時に行方不明となった、とマグダレーナの行方は、依然として分かっていないのである。
 シュザンナの最期を確かに確認したラインハルトは、すぐさま身を翻して二人の行方を捜索しているキルヒアイスに連絡を入れた。


「キルヒアイス、どうだ?の足取りはつかめたか?」


 焦燥を隠し切れない様子で問いかけるラインハルトに、ヴィジホンの向こう側に居るキルヒアイスは重々しく首を横に振った。そろそろたちと別れてから十五時間ほどの時間が経つが、未だ全く持って手がかりがつかめないのである。
 と言っても、状況からすればシュザンナが指示した以外に可能性など考えられないのだが、どういうわけかベーネミュンデ侯爵夫人シュザンナに与えられた場所は、悉くハズレだったのだ。


「ミッターマイヤー提督にはヴェストパーレ邸へと行ってもらっていますが、未だ男爵夫人からも何の連絡も無いそうです。」
「そうか、他はどうなっている?」
「ロイエンタール提督には随分前に下賜された郊外の別荘へ行っていただいていますが、空振りだったそうです。私の方も、どうやら空振りになりそうですね。」


 キルヒアイスの表情も優れない。そういう彼は、シュザンナが館を出た時点で彼女の居館の捜索に入ったが、これは最初から殆ど可能性は無かった。誘拐犯が誘拐した被害者を自宅へ連れ込むなどということは、まずありえないからである。そんな行為が可能なのは、それこそ愛憎無関係の相手にのみ通じることであって、この場合は「念のため」という以外の何者でもなかった。


「くそ、。何処に行った?」


  この場合、この表現は正確ではない。しかし、そう言う他に無かったのだ。
宮廷内の秩序を乱す存在だったとは言え、シュザンナはかつての寵姫だったのだ。アンネローゼ殺害未遂の首謀者としては、証拠も証言も証人も揃っていたが、とマグダレーナの誘拐については何の証拠も証言も証人も無い。状況的に犯人は間違いなくても、それだけではシュザンナに罪を問うことは出来なかった。
 死してなお揺るがない、その存在の疎ましさに、ラインハルトは煮え滾る感情を強引に飲み下した。


「他に、何かチシャ夫人と関係がありそうなところはないのか?」


 殆ど独り言のような呟きは、しかしキルヒアイスの思考回路を改めてフル回転させるには充分すぎるほどの切羽詰った様子が伺えた。
 実のところ、特にシュザンナとの関係が深かった場所を探しつくしてしまったとはいえ、まだまだ探すところは沢山あるのだ。シュザンナはかつての寵姫であり、当時はその広大な新無憂宮を自由に使用していたのである。それほど知らない場所でも、女性二人を閉じ込めて置けるような所は、腐るほどあるのだろう。
 ラインハルトとキルヒアイスは同時に溜息をついた。含まれた意味は同じものであり、そして明白である。どんなに時間と手間がかかろうと、見つけださなければならない。
 そしてそれは、この巨大な宮廷の主である皇帝に、頭を下げて住処を捜索する許可を求めなければ出来ないことであった。皇帝はが気に入っているようだし、マグダレーナは彼の寵姫であるアンネローゼの数少ない友人だ。許可は下りるであろうが、下りるまでにどれ程の時間がかかるか分からない。
 だが、ラインハルトは許可が出るまで大人しく待っていようという発想は、皆無だった。


「俺は皇帝のところへ行って来る。お前はミッターマイヤーとロイエンタールを呼び戻して、チシャ夫人と少しでも関わったことがある場所はしらみつぶしに探せ。」


 少年の頃から変わらない強引っぷりに、キルヒアイスは僅かに苦笑を浮かべる。そんな場合ではないことは承知していたが、昨夜から張り詰めていた緊張感が、一瞬だけゆるめられてしまったらしい。少し、落ち着けといわれたような気がして、キルヒアイスは一つ深呼吸をしてからヴィジホンの向こう側に答えた。


「分かりました。」
「俺が許可を取るまでは、お上品にやれよ?」


 しかし、画面の向こうでは、ラインハルトも同様ににやりと笑っている。昔、ラインハルトとキルヒアイスとでよくやった、宝探しのような気分になっているのかもしれない。無論。緊急度も緊張感も、そんなものの比ではないのだけれど。
 じゃあな、と。そこまでで短い作戦会議は終わりを告げた。ほぼ同時にヴィジホンを切った二人は、同時にそれぞれに課せられた仕事に取り掛かり、そしてようやく合流したのは、それから更に二時間半後のことだった。
 ラインハルトが皇帝の許可を得て、キルヒアイスに再度通信したとき、キルヒアイスはとマグダレーナの痕跡らしきものを見つけたと、非常に曖昧な表情で答えた。


「どっちなんだ!はっきりしてくれ!」


 無論、ラインハルトが苛立つのも分かるのだが、確かにそれは断言できるものではなかった。
 とマグダレーナの二人を保護できたわけでも無い。キルヒアイスが見つけたのは、意識不明で横たわる侍女と、零れた紅茶と、割れたティーカップ。そして、一枚のメッセージが書かれた紙だったのだ。
 とりあえず駆けつけたラインハルトは、そのメッセージを見て、ぐしゃりと握り潰し、そして不敵に笑って一言呟いたのだった。


「いい度胸だ。」






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2008/04/21 



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