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星を砕く者編 16




The pure white dove has an olive and an unfortunate incident in its mouth together
―真っ白の鳩はオリーブと凶事を一緒に銜えてやってくる―





 先ほどの、クロプシュトック家のセキュリティを実演するかのように、はベルに反応して行動した。ソファを立ち、部屋のパソコンに触れると、隣においてあったインカムを引っ掛ける。続いてラインハルトとキルヒアイスが軽く目を見張る速度でキーボードを操ると、は最後にマイクに向かって何やら話しかけた。


「お待たせしました。今あけましたから、どうぞ。」
「おい、。」


最後の一言に反応して、ラインハルトが軽く腰を浮かせる。大方、不審な奴を家に上げる気かと言いたいのだろうが、は少しだけ肩をすくめて応えた。


「心配ないわ。私じゃなくて、ラインハルトに御用みたい。」


言うと同時に小さな身体を翻すと、は「ちょっとまっててね」と一言だけ残してさっさと部屋を出て行ってしまった。おそらく、今後はどうしろなどという押し問答から逃げ出したと見るのが無難だろうが、それを咎める理由も無い。
が無駄に広すぎる廊下を、殆ど小走りに進んで、ようやく本邸の玄関にたどり着く頃には、ベルを聞いてからゆうに10分以上の時間が経過していた。
ベルがある門からも距離があるため、待たせることは無かったものの、問題はそのドアが小さなには重すぎるというハプニングまで付属する始末だ。


「お待たせ、しまし、た。」


自力でほんの少しドアを開け、後は来客者自身に手を貸してもらってドアを開けると、が息も絶え絶えに迎え入れる。流石にこの廊下の長さとドアの重さに、使用人がいた方がいいのかなぁなどと思いなおしたのは無理も無い。
そんなに来客者は奇妙に表情を顰ませてから、手短に用向きを話した。


「遅くに失礼する。ミューゼル閣下はこちらにおいでか?」


 既に自身の身元を告げている来客者は、自分を迎え入れた相手が使用人には程遠い格好をしていたことに驚いたようだが、かといっての格好はとても貴族令嬢にも見えなかったため、出迎えの人物については何も言わなかった。
の方も、相手の焦燥がうかがえる様子に、深く問うのを憚れたようだった。急な訪問者を快く迎え入れる。


「こちらへどうぞ。」


にこりと笑って、結局は判断をラインハルトとキルヒアイスに任せることにした。
来るときには小走りで抜けた廊下を、今度は客人の歩幅に合わせて足早に戻り、ラインハルトとキルヒアイスが待つ客室に訪問者を案内する。


「お客様がいらっしゃいました。」


やや改まった口調になったのは、客人の前だからだろう。軽くノックをしてドアを開けると、は何食わぬ顔をして、来客者を中に促した。
その動作が、ごく自然であったこと、そしての格好が貴族令嬢にしては質素すぎたこともあり、突然の訪問者、オスカー・フォン・ロイエンタールは、自分を迎え入れた少女がこの家の主であることに、どうやら気付いていないようだった。しかしは特にそれを気にした様子も無い。
ロイエンタールは一礼だけするのを見てから、は自分が今まで飲んでいたお茶とケーキをお盆に載せると、何となく、自分が居ていい雰囲気でないことを読み取ったようで、無言のまま部屋を出て行く。
暇つぶしではないが、どうせ紅茶も一人分足りなくなってしまったのだからと、は一人キッチンへと向かった。
 それにしても、と、は訪問者のことを思い出す。
左右の目の色が違う、綺麗な人だなというのが、のロイエンタールに対する印象だった。ラインハルトやキルヒアイスとはまた違うタイプではあるが、三人が並んだら、さぞや眼福だろうと思うと、の咽喉の奥に笑いがこみ上げてくる。
軍服を着ていたが、それではやはり彼らの仕事の話だろうかと、ぽつぽつ考えていたのだが、不意にもう一度、初めて目にした金銀妖瞳が脳裏によみがえった。と同時に、常にその隣に並ぶ存在も呼び起こされてくる。
は軍事にも戦争にも興味は無かったが、疑心暗鬼な祖父が事業の一つに兵器を扱っていたし、士官学校に行ったラインハルトとキルヒアイスを気にしてはいたから、何かとその情報を求めて新聞やらコンピューターやら、合法やら非合法やら構わずにその情報を求めてきた。
そういうことをしていたものだから、ごく一方的には功績をあげた軍人を知っており、その中にロイエンタールや常に彼と並び評される蜂蜜色の髪の存在も知っていたのだ。
だが、非常に曖昧な記憶は、名前と顔の一致まではたどり着かない。
それでもには、常に並んでいる二人のうちの、一人だけが余裕もなく訪問してきたことで、何となくその理由が想像できてしまった。


「なるほど、それで、ラインハルトとジークにってことかな?」


小さく呟きながら、ケーキのほかにサンドウィッチなどの軽食を用意する。この手の時間つぶしは結構有効だし、余ったら明日の朝食にすればいいと、少し多めに用意をしていたら、十分な時間がたっていた。
流石にそろそろいいだろうと改めて三人分のお茶の準備を整える。お茶請けをワゴンに乗せて部屋に向かう。時間つぶしという観点から見るなら、この長い廊下も一役買っているようだ。
少し足取りを意識してゆっくり部屋に向かい、話の邪魔をしないようにドアの前でノックをしようとした矢先にドアが開いた。不意打ちに、が一瞬怯む。


「あぁ、。よかった。呼びにいこうかと思っていたところだったんだ。」


を怯ませたのは、より長身の方の幼馴染で、彼は既に上着を手にしていた。どうやら、用意したお茶は無駄に終わってしまいそうだが、は特に残念がる様子も無く応えた。


「あらジーク、お話はもう終わったの?お客様にお茶を用意したのだけど、今回はもういらないみたいね。」
「あぁ。急用が入った。悪いがお茶はまた今度振る舞ってくれ。」


まぁ、そんなことだろうと、八割がた想像していた答えを、今度はラインハルトから言われ、は笑って応えた。


「うん。また来てね。」


不満も疑問も、余計なことは一切聞かずには三人の軍人に道を明ける。先にキルヒアイスが出て、ラインハルトが続き、最後にロイエンタールが部屋から出てくる。
目の前のやり取りを見てようやく気付いたのか、ロイエンタールは若干気まずそうに屋敷の女主に声をかけてきた。


「フロイライン・クロプシュトック?」
「はい。何でしょうか?」


この一言が決定打になったのか、ロイエンタールは今の今まで使用人か何かだろうと思い込んでいた少女に対し、苦笑を浮かべて一礼した。


「夜分に失礼しました。」


その性格もあって、普段から女性への対応は完璧を欠かさないロイエンタールにしてみれば、今晩のに対する態度は恥ずべき失敗であった。いくら、親友の危機だからと言って、家人と使用人を間違えるなど、到底許されるべきものではない。少なくとも、ロイエンタール自身にとってはそうだった。
・フォン・クロプシュトックに関しての噂なら、ロイエンタールの耳にも入っているだけになお更だ。


「どうやら、貴女がクロプシュトック令嬢と気付かなかったようだ。非礼をお詫び申し上げます。」
「お気になさらないで下さい。様々な意味でご令嬢に見えないことは自覚してますもの。今日はお急ぎのようですから、また機会があったらいらして下さいな。」


二枚も三枚も猫を被ったロイエンタールは、それでもこの大貴族の小さな当主に礼儀正しく挨拶をした。三枚も四枚も猫の皮で着飾ったも、貴族令嬢のそれに則って挨拶を返す。
女性を全般的に蔑んでいるロイエンタールからしてみれば、それもに対するものではなく、自分達のやり取りを見ているラインハルトとキルヒアイスの眼を気にしたものだったのかもしれない。
しかし、それを知ってか知らずか、は長身の来訪者を見上げて笑う。
なるほど、いまや世間の噂の的になっているだけのことはあり、ロイエンタールはの幼いながらに洗練された美貌に感心した。だが、それだけである。
それを一瞬で、訂正を求められたのは、が内緒話をするように少しだけ背伸びを下からだった。


「今日はお一人のようですし。きっとラインハルトなら何とかしてくれるはずです。」


どんな用件で、ロイエンタールがやってきたのか、見透かしたような発言に、咄嗟に彼は返す言葉を見つけられなかった。
否、何か言ってやろうとしたのだが、は絶妙なタイミングで二人の幼馴染の方へ一歩踏み出したのである。
その上、「お見送りしますわ。」と、言われてしまっては、悠長に追求などしていられなかった。
にこりと笑った微笑みは天使のように愛らしく、そのくせ投げこんで来る言葉は悪魔のように人を困惑させる。
まぁいい、と。ロイエンタールは三人の後を二歩半送れて続いたが、くつりと口元に気付くものは無く、そしてその認識をロイエンタールが更に訂正を求められることになるのは、まだ少し先の話だった。






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2007/12/30 



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