Replica * Fantasy







星を砕く者編 08




Wait for me, you've gone much father, too far
−ねぇ待って、貴方は遠くへ行き過ぎる−





ある意味天才的な思考回路と物言いにより、後宮入りをのらりくらりとかわしたは、勢いに任せてそのまま爆破事件に対するお咎めまでかわしてしまった。
まぁ、こればかりは本人の裁量だけではどうにもならないが、自身の罪ではないと言いながらも祖父の罪を償うために皇帝の前に現れたことが、見るものの目に健気に映ったのかも知れない。
あるいは皇帝を助けたことそのものが、すでに罪に対する相殺になったのかもしれないし、自身がそれを理由に救命を求めなかったために、これ以上の反感を買わずに済んだのかもしれない。
だがラインハルトの推測はそのどれとも違った。
単純に、皇帝がを気に入ったのだろう。
ちゃっかりとアンネローゼとの面会まで取り付けたは、銀の髪に紅い眼をもっており、金の髪と碧い眼のアンネローゼと対になるように創られたと言っても誰も異論は唱えられない造形をしている。
 どうせ閨に侍らせる事しか考えていなかっただけだ。
普段とは違う偏見でもってラインハルトはそう決め付けていた。
そしてそれが、99%偏見で判断したにも関わらず、最も真実に近いことも知っていた。
皇帝にとっては権門を傷つけた家の処罰よりも、稀に見る美しい娘を後宮に入れることの方が余程重要なことなのだ。
もちろん貴族の中には、の後宮入りに異義を申し立てる者もいるであろうが、皇帝のその判断が単なる漁色からくるものだと分かると、異義よりも先にため息が漏らされて、それと共に意見を口にする無意味さを噛み締めた。
おそらく、が新無憂宮で足止めを食らっている間に、側近貴族たちは必死になって諦めるように説得を重ねるのだろう。
自身の血縁には見向きもしないのに、「よりにもよって社交界を追放され、あまつさえ皇帝の命を狙って爆破事件などを起こした家の娘が後宮になど」と、心情的には非常に気に食わない。
しかも娘の方は、自分たちの娘とはだいぶ違った毛色をしており、皇帝よりも遥かに切れた頭脳をもって、降って湧いた凶事と吉事の両方をさらりとかわしてしまう。
個人に対しては罰は課せられなかったが、当然ながらクロプシュトック候も同じくといわず、こちらは即座に討伐隊が組まれ、クロプシュトック領に関しては「遺族金」という名目の略奪を許された。
それでもオーディンにあるの広大な土地やクロプシュトック邸などはに残されるであろうし、祖父から剥奪された候爵の号も、おそらくは皇帝の一声でに継がれることになる。
は未成年であるから、本来であれば後見人がつくはずだが、クロプシュトック候討伐で一族郎党のほぼ全員が殲滅されるであろうことを考えると、まだ幼い少女が一人侯爵家を背負って立つような状況にもなりかねない。
そうなれば、まだ成人に満たずに候爵家を継いだことで、今後はその財産や号を巡って貴族たちが群がってくるのだろう。
いくら罪人の家であっても金品と爵位の価値は変わらないし、何より今なら後見人を持たない小娘が相手なのだ。
しかもその娘は、未婚であり、皇帝の覚えもいい上に、美しい。
差し当たって、ラインハルトは自身の仕事を害虫駆除に絞る必要性を感じた。
せっかく見つけ出したを貴族のドラ息子に遣る気など、ラインハルトもキルヒアイスも微塵も無い。
長いようで短い謁見が終了し、皇帝はよろよろとした足取りで退出していった。
それを見送って、ぱらぱらとサイドに控えていた貴族達も動きだしたが、は依然として、そこに佇んだまま動こうとはしなかった。
いくばくかの貴族のドラ息子たちは、さっそく声をかけるタイミングでも図っているのか、の様子を伺っている。
ラインハルトはあからさまにため息をついて、その視線を遮るようにに近付いていった。
俯いて、長い髪で表情を隠しているの正面に回り、視線の高さを合わせて話しかける。


「フロイライン、気分でも害されましたか?」


自分でも驚く程、穏やかな声だ。
ラインハルトがこのような口調で話す相手は決まっており、自然とその対象に対しての重要度を示してくる。
はゆるゆると顔を上げて、ラインハルトの顔を見ると、困ったように笑った。
一瞬だけ、幼なじみに対する昔のままの笑みで。
ついで、候爵令嬢としての微笑をもって。


「まぁ、ミューゼル閣下。昨晩は助けて頂きまして、ありがとうございました。」
「いえ、小官こそ、クロプシュトック候爵のご令嬢とは知らず、失礼いたしました。」


9年の間に、随分と頭が良くなったものだと思う。
まだ疎らに残っている貴族の前でこのような会話をしておけば、後々がラインハルトと懇意にしてもなんらおかしな理由はない。
ラインハルトは口元だけ吊り上げて笑った。


「このような事態になり、フロイラインもお疲れでしょう。グリューネワルト伯爵夫人との面会は後日になさいますか?」


ラインハルトの言葉に、が眉を潜める。
声には出さず、唇だけ動かして「意地悪」と言ってから、いかにも貴族の令嬢らしく応えた。


「滅相もございませんわ。ミューゼル閣下のお手をそう何度も煩わせるわけにはいきませんもの。私なら大丈夫ですわ。」
「小官でよろしければ、何時でもお力になりますが?」


ラインハルトは僅かに笑ってに応じたが、端からそのやり取りを見ていた貴族の息子たちは、唐突に何を、という表情をするものも居れば、身の程知らずめ、と言う表情をするものも居る。
ラインハルトは完全にそういった輩は無視をしていたが、彼等が「ぬけがけ禁止」と叫び出す前に答えたのは、本人だった。


「まぁ、それでは今後とも、ミューゼル閣下を頼らせて頂きますわ。それで、その、さっそくお願いしたいことがあるのですけれど……」
「なんでしょう?」


の耳慣れない敬語と歯切れの悪い言葉に喉をくつくつと咽喉をならしながらラインハルトが応えると、はその床に膝をついたまま、両腕を伸ばして答えた。


「恥ずかしながら、腰が抜けてしまいましたの。立ち上がれなくて。助けて頂けません?」


思いもしなかったその反撃の言葉に、一瞬ラインハルトの反応が氷結した。
つまり、両腕を投げ出したのは、抱いて連れていけということか。
ごく微量の血液が、刹那のうちにラインハルトの顔の下を走り抜けたが、が「お嫌でしたら、せめて助けを呼んで頂けませんか?」と聞くと、我先にと名乗りを上げようとするドラ息子たちの先を制して、を抱き上げた。
ふわりと喪服の裾が揺れて、柔らかな絹の流れを作る同時に鼻梁を擽った甘い匂いと、の重さに、ラインハルトは苦笑を浮かべる。


「フロイラインは軽いな。祖父君の一件でやつられたか?」
「まぁ、流石に一晩ではやつれませんわ。」


を抱えたラインハルトを、周囲は唇を噛んで見送った。
非常に気後れするほどの、金と銀を掘り起こしたような二人の間に入っていく隙が無かったのである。
これでまず、ラインハルトが一歩抜きん出たことに間違いはないだろう。
 悠々と少女を横抱きに広間を突っ切り、そのまま入り口のところに控えていた警備兵にドアを開けさせる。


「ラインハルト、ちょっと眠ってもいい?」


広間を出たところで、は先程皇帝に対面していたときとは打って変わった掠れるような声を押し出した。
甘えるようにラインハルトにもたれかかり、自身は答えを聞く前にすでに目を瞑って眠り込む体勢に入り込む。
ラインハルトは苦笑を浮かべた。


「疲れたか?」
「それもあるけど、体が震えちゃって……」


無理もないことだ。
どんなに堕落していたとしても、皇帝は皇帝であり、が彼の偏見と嗜好によって助けられたのと同様に、その一言によって逆の道を辿った可能性もありえるのだ。
はラインハルトの首に回した両腕に、僅かに力を込めた。
その腕さえもわずかに震えていたが、ラインハルトは気付かないふりをしてを抱え直し、の顔は自身の銀とラインハルトの金で完全に隠れた。
こういうところは昔と変わらないな、と思う。
は良く甘えてくるが、あまりそういうときの顔を見せたがらない。
昔のままだと思いながら、しかしラインハルトはそれを表情には出さなかった。


「ラインハルト様!」


新無憂宮の本殿を出たところで、キルヒアイスが待ち人を呼び止める。
とたんに安堵の表情になったのは、ラインハルトが抱えたを見て、最悪の事態は避けられたのだと判断したからだろう。


「待たせたな、キルヒアイス。悪いが姉上の居館まで車を回してくれ。」


ラインハルトの一言に、キルヒアイスは微笑を浮かべて応えた。


「フロイラインもご一緒にですか?」
「あぁ。フロイライン・クロプシュトックのお陰で陛下とグリューネワルト伯爵夫人の生命が助かったことを陛下は汲まれたが、フロイラインが気に病んでいてな、直接姉上に謝罪の機会を求めたのだ。だいぶ疲れているようでもある。早いところ、姉上の下で休ませたほうが良いだろう。」
「気が抜けてしまわれたのですね。お可哀相に。すぐに地上車を回します。」


キルヒアイスが、ラインハルトの腕の中に納まったの柔らかい髪を撫でる。
将官級でもないキルヒアイスが候爵令嬢に触れることは、通常であれば許されない。
キルヒアイスが控えていた部屋には、他にも主を待つ者が何人も控えていたが、その点について気付いた者はいなかった。
なにより前後不覚の美少女を抱える者と触れた者自身が相当な造形をしていたため、誰もが名画を見ているような錯覚を起こしたのだろう。
殊更、キルヒアイスとラインハルトが周囲に聞こえるように話したのも、その辺りから来ていた。
自分達は少なからず、この少女と面識があるのだと、暗に示しているのだ。
キルヒアイスとラインハルトは自身の造形にたいしては無頓着であったが、相手の造形が異性の憧憬と同性の憎悪を買っていることを十分過ぎる程知っており、それを利用することに関しては、躊躇いがなかった。
何名もの貴族が犠牲になった爆破事件の犯人の血族でありながら、皇帝を助けたために後宮に招かれ、それを断り、祖父の後を継いで何の後ろ盾もないままに候爵夫人として立てられ、最終的には現在話題の的となっているラインハルトに抱かれて皇帝の寵姫を訪ねたとなれば、社交界では噂にならない方がおかしい。
かくて、は一夜にして社交界中に知れ渡ったのである。






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2007/07/02 



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