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星を砕く者編 06




A certain invitation led you here to me in the cynical world
−招かれた貴方は私の側に、この皮肉な世界へと来たのでした−





 どんな思惑の元、が皇帝の下に呼び出されたかと蓋を開けてみれば、至高の皇帝が口にした理由は、驚くほど単純で呆れるばかりだった。

 昨晩遅くにブラウンシュヴァイク邸から連行されたは、一夜明けて新無憂宮の皇帝との謁見の間に居た。
もちろん、を中心に、両サイドには昨晩被害にあった貴族の、そうそうたる面々が揃っている。
 中にはラインハルトの姿も見えたが、は敢えてそちらを見ようとはしなかった。
これから、恐らく死を言い渡されるであろう身に、未練は残したくない。
そう思う半面で、最後にキルヒアイスに会えないことが既に未練として残っている。
おそらく身分的な問題で、キルヒアイスがこの場に入れなかったのは無理も無い。
 俯いて、皇帝が訪れるその時間まで、ただひたすら跪いて待つその姿に、時折サイドに控えた貴族達の間から嘆息が漏れる。
ラインハルトにはそれが不愉快極まりない。
はそれに気付いていないのか、気付いていて敢えて見ないようにしているのか、長い銀髪と黒いベールに隠された表情を、ラインハルトは読み取ることが出来なかった。
 まるで神に祈る姿そのままに、昨日はクリーム色の服を来ていたは、今日は黒い喪服を纏って佇んでいる。
 自身の祖父を悼んでいるのか、祖父の罪によって失われた命を悼んでいるのか、そこにいる誰もが判断を下せずにいた。
 程なくして皇帝フリードリヒ4世が現れ、無駄に囀っていた貴族達もようやく黙り込んだ。
 爆破が起きる前にを連れて来いと言った真意はどこにあるのか。
そして、爆破が起こった今、皇帝はをどうするつもりなのか。
 ラインハルトは睨み付けるように洞察の刃でフリードリヒ4世を切りつけたが、どうやらアルコールの幕に包まれているらしい皇帝にはその刃は届かなかったようだ。
 フリードリヒ4世は鷹揚に周囲を見回すと、その中心で佇んでいるを見遣った。


「そちが・フォン・クロプシュトックか。」
「はい。」


問いではない確認の言葉に、は短く答える。
だが、次の言葉にはだけでなく、周囲の貴族達も少なからず驚かされた。


「面を上げよ。」


 通常であれば、罪人が絶対的君主に対して顔をあげることは許されない。
だが、こうして直に言われた以上、逆らうことも出来ない。
が僅かな絹擦れの音と共に顔を上げると、銀の髪に通した真珠の列がきらきらと光を反射した。
人工的な装飾品の輝きと、の生来の髪の輝きがあいまって、皇帝は僅かに表情を変える。
 それが罪人に向けられるべきものではないと、訝しく思ったのは、ラインハルト以外にこの場に何人居たかは定かではないが、フリードリヒ4世は口元で薄く笑うと、けだる気に口を開いた。


「皆、昨夜は難儀であったな。クロプシュトック候討伐に関しては、昨晩の内にブラウンシュヴァイク公が任を求めて来た。参加したい者は、今後はそちらに申し出るが良い。」


 既に今朝の内に名乗りを上げた数名は軽く頭を下げ、それに了解の意を示す。
極簡単に昨晩の処罰を言い渡した皇帝は、まるで「あとは好きにしろ」とでも言いたげに、それ以上は口にしなかった。
 厳罰を処すことを切望している貴族たちには物足りなかっただろうし、そうでないものたちも皇帝に対して訝しげに視線を向けたが、当の皇帝はまったく持って知らぬ顔で銀板に乗せられていたワインをあおり、列を成した貴族には見向きもせずに、顔を上げさせたに視線を向けた。
 その、舐め回すような、あるいは品定めされているような視線に、不快を覚えたのは本人よりも回りの人間であっただろう。
 対するは、真っ向から皇帝の視線を受け止めて、見返している。
ルビーのような瞳には、何の感情が潜んでいるのか、ラインハルトでさえも読み取ることが出来なかった。


「今回の件については、臣の極端な例を見たな。方や余をなき者にしようとするもの。方や余を救おうと手を尽くすもの。その両極が祖父と孫娘とは、些か笑えん事態であるがな。」


おもむろに皇帝が口を開き、は困ったように薄く笑って応えた。


・フォン・クロプシュトック」
「はい。」
「なんぞ弁明はあるかな?」


 威圧的であり、高圧的な口調だ。
アルコールの幕に表情を隠していても、これが普通の貴族令嬢であれば、皇帝の御前であるというその事実だけで失神していたかもしれないが、はそんな様子は微塵も見せずに答えた。


「ございません。」


 僅かに周囲がざわついたのは、が涙ながらに命請いをするとでも思ったからだろうか。
相変わらず淡々としているに、眉を動かしたのは皇帝も同じだった。


「ほう。余を助けたのはそちが祖父の罪に巻き込まれたくなかったからではないのか?」


 図星であれば楽しいと言わんばかりの口調に、は今度は傍目にも分かる程に破顔して答えた。


「もとより、祖父・ウィルヘルムの罪は祖父のものであり、孫娘たる私、の罪にはなりえません。よって私が陛下に許しを請わなければならない理由はございません。しかしながら、クロプシュトック家としての罪になるのであれば、私も償わねばならぬでしょう。陛下とグリューネワルト伯爵夫人が助かったのは結果論に過ぎません。私は祖父を止めることは出来ませんでした。お二方がご無事にすんだことは喜ばしいことでございますが、多数の高貴な血が流れました。それまでもを、無かったことには出来ないでしょう。」


 淡々と答える声にはよどみが無い。
その咽喉は震えてもいなければ、怯えて視線を逸らすことも無い。
は、ただ事実を述べているだけなのだと、ラインハルトは納得せざるを得なかった。
 自分がどうなるかは、彼女の中ではどうでもいいことなのだ。
生かされようとも、殺されようとも、どちらでも構わないと。
 それが、絶対的な権力者を相手に対する諦めなのか、それともそれすらも事実として達観しているのかは分からない。
 ラインハルトはそうして総てを受け入れてきた姉を知っているし、も同じものを見ている。
だからこそ、昨晩の一件で自身の覚悟を決めたのかもしれない。
 だが、以外にも一番それを分かっていなかったのは、その絶対的権力者の方であった。


「だが、そちが祖父に背いたおかげで余は助かった。アンネローゼもな。これは幾人もの貴族より勝るとは思わぬか?」


 あえて貴族たちから反感を買うもの言いをしているのか、それともただ分かっていないのか、皇帝はうっすらと笑みさえ浮かべて続ける。


「祖父の方は既に討伐隊が出ておる。クロプシュトックの者は制裁を受けるであろうが、そなただけは許して遣わすゆえ、後宮に参るがよい。」


 さらりと下された言葉は、静まり返った広間にさらに水を打ったような沈黙を招いた。
 ラインハルトのように頭の切れるものでさえ、瞬時に言葉の意味を理解できなかったのである。






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2007/06/11 



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