背後が騒がしくなってきたように感じる。 被害を免れた人々が、一際豪奢なラインハルトたちの一角を取り巻くように集まってきたのだ。 は淡々とした表情でメックリンガーを見つめていた。 長い長い一日、疲労は局地であったが、それも表には出せない。 言い訳も弁明もするつもりは無い。 そんなもので助けてもらえるほど、『貴族』という枠組みでくくられた世界が甘くないことは、知っているつもりだ。 ただ、この場所で、もう会えないだろうと思っていたラインハルトとキルヒアイスに再会してしまったことだけが、心残りだった。 「…本当に、君がクロプシュトック家の令嬢なのか?」 喘ぐように問いかけるキルヒアイスには、答えない。 ラインハルトは、無言のまま握りこんだ拳を震わせていた。 自分たちは、また間に合わなかったのだろうか。 事件が起こり、クロプシュトック候がその犯人としてほぼ疑いが無い以上、は主犯の孫娘として処刑されるしかない。 皇帝が自身を狙った犯人を許すはずもなく、これほどまでに貴族階級のものたちに被害が及べば、最早帝国の貴族界にがいられるはずも無かった。 「、答えろ。お前は本当にクロプシュトック候の孫娘なのか?」 違うと言え。 ラインハルの蒼氷色の眼は、答えを強要している。 確かに、が助かるにはもう、クロプシュトック候ウィルヘルムとの血縁関係を否定するしかないのだ。 だが、はふと笑っただけで、それを口にすることを否定した。 キルヒアイスがうなだれるように視線を下げる。 さらに、そこへ追い討ちをかけるかの用に、メックリンガーは重々しく口を開いた。 「フロイライン・クロプシュトック、先ほど皇帝陛下より命がありました。『・フォン・クロプシュトックを新無憂宮に連れて来い』とのことです。」 反射的に、敵意もむき出しに反応したのはではなく、金と赤の二人の士官であった。 噛み付きかねない勢いに、メックリンガーは慎重に言葉を選びながら続ける。 「ただし、これは、爆破が起きる前のご命令です。」 それが、何を意味するのか、三人とも瞬時に判断ができなかった。 ラインハルトとキルヒアイスは形のいい眉をひそめ、は小首をかしげている。 だが、それもつかの間のことで、メックリンガーは口元に苦いものを浮かべながら、さらに続けた。 「この爆破事件に関しましては、私事ながらヴェストパーレ男爵夫人とグリューネワルト伯爵夫人からも、フロイラインの身柄について保護を求められています。陛下の真意が何処におありかは定かではありませんが、こちらにいられるよりは安全でしょう。ご同行願えませんでしょうか?」 前半はラインハルトとキルヒアイスに、そして後半はに向けられた言葉だった。 確かにこのままここに居ては、ブラウンシュヴァイク公がに害を加えないとも限らない。 暗にに対する危険を告げ、メックリンガーは一回り半から二回りほど歳の離れた少女に対して、軍人であるより先に紳士的な態度で同行を求める。 しかし、そうは思っていても瞬時に判断しかねた二人の士官より早く、は薄く微笑んで答えた。 「参りましょう。」 あの時と同じだ。 自分たちには口を挟む隙を与えてくれない。 ラインハルトとキルヒアイスは、同時に舌打ちをした。 左右をメックリンガーの部下に挟まれて連行されていくは、僅かに振り返ってラインハルトとキルヒアイスに綺麗な笑みを向けたが、それを見るほうにとっては、破滅さえもを受諾した聖母のような印象を与え、とても穏やかで見送ることは出来なかった。 皇帝の真意は何処にあるのか、ラインハルトとキルヒアイスはまずはそこから計らなければならず、そしてを助けるためにはまずは時間の確保からしなければならなかった。 さしあたってキルヒアイスは無駄にも思える状況下で、法による抜け道を模索しなくてはならず、ラインハルトは明日の朝一で皇帝に面会を求めなければならなくなるだろう。 こみ上げる不愉快感は拭いようも無かったが、それでも二人に中でを諦めるという選択肢は、最初から用意されてはいなかったのだ。 |
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